副隊長のこだわり


私が龍の彫物の取材を始めるきっかけになったのは、
『祖父の龍に対する想い』が
私の体内にDNA(遺伝子)として有るのかも知れない。

千葉県安房郡富山町大字高崎小字浜下・・・・現在は80戸足らずの
集落である。
この地区の『屋台』は明治半ば、初代・橘義光(後藤利兵衛)が
77歳の時に、3年がかりで
完成させた彫刻で埋め尽くされた『贅を尽くした屋台』なのである。

明治半ばの浜下地区は、戸数30戸足らずである。
当時の青年団の中心人物に私の祖父がいた頃である。

当時の青年団は資金が足りなくなれば地引網をして、
お金を『屋台』に注ぎ込んだのである。


さて、こだわりの『その2幕』である。
鎌倉散策や小旅行で地方に出かけ、神社や寺院を
訪ね歩くうちに、「龍の彫刻の種類」にもいろいろあることが見え、
「彫り物師の流派」も多いことが見えてきた。

ある時、インターネットで検索していると、千葉県南部に
偉大な彫り物師が2名輩出していることを知った。
『武志伊八』と『後藤利兵衛』で、江戸時代の末期から明治時代の
前半に活躍している。

この偉人の作品を異常なまでの執念で調査している人がいることも
知ることになった。
彼のホームページには、多くの写真を用い、彫刻の一つ一つを
パーツに仕立て、比較対照が可能なように実に、丁寧に整理されて
いるのである。
そして、神社や寺院の住所まで記されているので、効率よく、
取材に行くことが出来た。

私は、ひそかに、彼を『龍の彫物・捜索隊長』と呼ぶ事にした。


さて、こだわりの『その3幕』であるが、2004年4月までは、
109万画素、2倍ズームの玩具みたいなデジカメで撮影していたが、
その後、中古で、211万画素、10倍ズームのデジカメが手に入った。

200万画素あれば、高画質大画面で写真の表示が出来る。
おのずから、ホームページの作品も、高画質大画面のスライドショーを
中心とした作品作りに移行していくのである。

よって、『龍の迫力ある表情』がみなさんのパソコン画面から、
スライドショー形式を用いた連続画で、飛び出してくることになるのである。