1.平野君との会話
そこで、私の高校時代の友達に、「SL運転の経験者」がいるので聞いた。
彼の名は、「館山の平野君」
問いの1・・・何で18年ぶりなの?
答えは、・・・18年前、JR京葉線で『コニカ号』が走った。
問いの2・・・私の家の前を走らなくなって数十年経つよ。
答えは、・・・JR内房線(旧・房総西線)は昭和44年7月20日に、運行をやめた。
問いの3・・・ところで、平野君はSLに何年乗ってたの?
答えは、・・・というより、思い出話になってしまった。
平野君は、時の国鉄マンとして、昭和38年3月1日に整備係に入社した。
蒸気機関車の『保火番』をしている。
保火番とは、蒸気圧力を下げないように2〜3時間毎に機関車の計器を見て、
石炭を窯に追加したり、水を補給したりするのだ。
平野君は国鉄学校に行き、一年間の間、機関車の実技訓練を受け、
昭和39年7月から『機関助侍(きかんじょし)』・・・ひたらく言えば、『かまたき』である。
国鉄・館山で「C57とC58の窯焚き」を4年半経験した。
問いの4・・・蒸気機関車は何台有るの?
答えは、・・・現在、JR東日本には2両しかない。
問いの5・・・今回の『南房総号』はどこから借りてきたの?
答えは、・・・高崎車両センターから『D51498』を、1月21日に木更津駅まで回送して来た。
1月23日に「火入れ」をした。
そして、2月12日に「火を落とし」、ボイラーの水を抜き、炭水車の水を捨てた。
問いの6・・・今回、平野君も協力したの?
答えは、・・・千葉県には経験者が10人しかいないんだ。
だから、JRをリタイヤして、関連会社に勤めているので、昼間の仕事は、車内の清掃をしていて、
夜は、『保火番』に狩り出されたよ。
18年前の「コニカ号」の時以来だから懐かしかったなぁー。
問いの7・・・『D51498』は次にどこで活躍するの?
答えは、・・・高崎車両センターに回送して、その後、新潟に行くそうだ。
おまけ、・・・『D51498』には、石炭8トン、炭水車に20トンの水が補給されている。