(1)『日光山輪王寺』
境内に入り、いきなり大きな建物(本堂とか三仏堂と呼ばれている)が
目の前に飛び込んでくるのは圧巻だった。
迎える側の関係者も手慣れたもので、入り口に4名ほど待ちかまえており、
次から次へと、拝観券にハサミを入れている。
100名位を一塊りにして、説明員が付いてきた。
観光客は人の流れにのって、右手から地下に誘導され、座像ながら
身の丈7メートルほど有りそうな黄金色に輝く三体の仏像を見上げるのだ。
内部は撮影禁止になっており、詳細が紹介できません。
本堂の裏手に出ると、5年前に完成したばかりの「護摩堂」がある。
中に入ってみたら、天井に立派な龍の天井絵が有った。
辺りを見渡してみても、「撮影禁止」の張り紙もなかったので、
早速、カメラを取りだし撮影した。
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続いて、(輪王寺)の拡大写真を見よう。
(2)『日光東照宮』
一口に東照宮と言っても、内部には沢山の建物があった。
ついでなので、列記してみよう。
石の鳥居(筑前藩主黒田長政の寄進・・・石材は御影石で福岡県から運んできた)、
五重塔(若狭小浜藩主酒井忠勝の寄進)、仮御殿、
表門(80を超える彫刻有り)、西浄、三神庫(想像の象の彫り物)、
神厩舎(三猿の8枚の彫刻)、御水舎、唐銅鳥居、
陽明門(幅7m、奥行き4.4m、高さ11.1mの門に江戸時代初期の
彫刻の粋を500個)・・・「日光見ずして結構というなかれ」
神輿舎(天女の天井絵)、神楽殿、祈祷殿、回廊(眠り猫)、
唐門、鐘楼、鼓楼、本地堂・薬師堂(鳴き龍)、経蔵、
本社−石の間、本社−拝殿、本社−本殿、奥社−拝殿、
奥社−鋳抜門、奥社−宝塔
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「神厩舎」(三猿の8枚の彫刻)
午前10から午後2時までの4時間だけ、建物の中に白馬がいます。
8枚の彫刻は物語になっているので、見落とししないように!!
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「陽明門の見どころ」
500個の彫刻があるので的を絞った方が良いかも。
たとえば、『霊獣の一つの龍』と言うように、
二階部分の中央に「目貫の龍と言う白龍」が門の表側と裏側にいる。
顔は龍に似ているが、「飛竜・・翼と尾びれ」「息・・上唇に鼻孔」
「蜃・・口から気を吐く」「竜馬・・太い髭がない」
それから、『人物の彫刻』や、『魔除けの逆さ柱』など。
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続いて、(陽明門)の拡大写真を見よう。
「唐門の見どころ」
屋根の上に左右2匹の龍が居る。
夜な夜な空を飛び回るので、ヒレを切られています。
611体の彫刻も見逃さないようにしよう。
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続いて、(唐門)の拡大写真を見よう。
「本社−拝殿」
大広間の天井に100枚の格天井があります。1枚ずつ龍の絵は違うので、
「百間百種の龍」と言われている。
欄間には「三十六歌仙」が並んでいる。
東照宮を出て、200メートル程歩くと、『日光二荒山神社』、そこから
更に奥へ行くと、『徳川家光を祭った』場所にたどり着く。
『家光廟大猷院』
徳川3代将軍・家光公の権威も初代の家康公に劣らなかったが、
家光公の遺言により、終始一貫して、「家康公の東照宮」より
スケールを縮小させている。
しかし、建物の数も多く、彫刻の粋は、優美で繊細な技術を発揮している。
まず、建物を列記してみる。
仁王門、御水舎、二天門(日光山内で一番大きな門で、
表側に持国天と広目天、裏側に風神、雷神の仏像がある)、
夜叉門(4体の夜叉を祭っている、夜叉の体の色はそれぞれ
東西南北を表している)、鐘楼、鼓楼、
唐門(大猷院で一番小さな建物だが、彫刻は東西南北の白龍や
細かく精巧な細工が施されていて、優美で繊細である)、
拝殿、相の間、本殿、回廊(百態百様の鳩づくし回廊)、皇嘉門、奥院
『二天門』
国宝の建物と、持国天像、広目天像、風神像、雷神像
今回は見逃したが、雷神の手の指が3本は(過去・現在・未来)を表し
風神の手の指が4本は(東西南北)を表現している。
また、風神・雷神の足の指が2本なのは、天と地を示しているそうだ。
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『唐門』
高さ3メートル、間口1.8メートルでありながら、彫刻の粋を集めている。
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『拝殿・相の間・本殿』
江戸開府400年のイベントのおかげで、非公開の本殿内部を拝殿から
覗くことが出来た。
本尊の「家光公の座像」が公開されていた。
拝殿の天井には、140枚の龍の格天井がある。
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続いて、(大猷院)の拡大写真を見よう。
午後4時半を過ぎると、拝観受付の窓口は店じまいに入った。
観光客もそれぞれの観光バスに戻り始めた。
5時になれば、閉門するのだ。
昼間の賑やかさもすっかり無くなり、夕暮れの日光山を後に駅への道を
急いだ。
東京への帰路は東武鉄道を利用することにした。
発車までに30分ほど時間があったので、駅ビルでそば屋に入った。
「十割そばのモリ」を頼んだ。
税別で700円だったが、量も多く、空きっ腹に詰め込んでもまだザルに
そばが残っている。
17:58発が浅草行きの快速最終便だ。
乗客は大勢いたが、独り者はどこでも座れる、素早く座席を確保した。
車内では、参考資料を広げ、手帳に紀行文の下書きを始めた。
2時間あまりで、終点の「浅草駅」のホームに降り立った。
・・・おしまい・・・