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忠七桜 |
ところで、このシダレザクラには秘めたエピソードがある。 ---------------------------------- 戊辰戦争の時に官軍の荷運びに懲役された宗像忠七翁が、会津の惨状を目の当たりにしたそうだ。 故郷に帰ってから、会津の人々の霊を慰めるため、自宅前に植えてあった桜の木を、谷戸の丘に移植したそうだ。 そして、この山を寿命山と名づけて丹精を込めて、永年、私設公園として整備したそうだ。 忠七翁は遺言として、子孫に、「桜と公園を守り、末代まで手入れを怠らぬよう」と言い遺したそうだ。 |