いいやま寺めぐり・本学寺

真宗大谷派 方面山 本学寺

天保11年正月、大火に会い、焼失廃絶した。
明治16年、念仏道場として再建された。
向拝の彫刻は、明治13年、新潟県の彫師・北村正信、54歳の時の作品
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北村正信の龍の彫り物は、ここ飯山に於いては、「本学寺」と「大聖寺」の2ヵ所にあるので、彼のプロフィールを紹介しよう。
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糸魚川の西側に位置する「越後市振村(現青海町)」の宮大工・建部家に生まれた喜代松は、18歳頃から鬼無里を訪れ、諏訪神社の屋台、鬼無里神社屋台、加茂神社の神楽などの製作に加わった。
建部家は彫刻を得意とし、才に恵まれた喜代松は生粋の彫刻師に鍛えられる。
鬼無里神社屋台や三嶋神社屋台の籠彫り、生気を感じさせる龍・鳳凰などの彫り物がその技の冴えを物語る。
喜代松は文久年間に、長野村(現長野市)の北村ふさ(鬼無里生まれ)の婿となり、建部姓から北村姓となるが、建部家の世襲名正信(三代)はその後も名乗っている。

よって、文献等には、『北村喜代松(三代正信)』と記されている。
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本学寺は向拝のみしか彫り物が無いのだが、獅子頭は左右の獅子ともたてがみがなびき躍動感がある。
親子の龍は、親はヒゲまでも逆立っていてその表情に一層の迫力をあたえ、子の龍は真正面をむいているのが珍らしい。
両脇の虎は迫力を持って、龍のほうを振り返っている。

大きな釣鐘を撞かせて頂きました。(写真をクリック)