いいやま寺めぐり・飯山城址

飯山城址

飯山城は応永年間に周辺を領した泉氏が飯加左山にを築き居城としたことが始まりと伝えられる。
戦国時代に入ると上杉謙信の支配下となり飯山城は武田領侵攻への軍事的拠点として重要視され永禄7年に城が大改修され、川中島の戦いなどで機能したが、謙信が死去すると織田信長の勢力下に入り家臣森長可が支配した。

本能寺の変が起こると森長可が飯山城から撤退し再び上杉領となり、家督を継いだ上杉景勝の家臣岩井信能が城代となり城の修築を行い現在の飯山城の規模に拡張します。
慶長3年に景勝が鶴ヶ城(福島県会津若松市)に移封になり、江戸時代に入ると、関・皆川・堀・佐久間・松平・永井・青山・本多氏が交代して城主となった。
飯山城は東側に千曲川が流れる独立丘陵の地で交通の要所だったところから軍事的拠点として重要視された。

現在も高い石垣や郭の形状などが良好に残り、本丸には藩主である本多家を祀った葵神社が建立されており、12門あった城門のうちの1つである2層の城門が再移築され城跡全体が長野県指定史跡に指定されている。