城下町寺社めぐり・本陽寺
本陽寺は小諸城主であった仙石秀久(ひでひさ)が文禄5年(1596)に亡くなった夫人のため建てられた寺。
元和8年(1622)上田へ移封の際、息子である仙石家上田城主初代の忠政(ただまさ)が、小諸から寺と墓を移したもの。
秀久夫人の法名「本陽院殿槃室妙栄大禅定尼」が寺の名前になったそうだ。
本陽寺庫裡の唐破風の玄関は上田藩主の屋形の玄関であったもので、上田藩士の退職金の捻出のための移設だったそうです。
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