D90が観た画像  d90-13016

撮影地 静岡県下田市
撮影日時 2013−1−25 10:30〜16:40
作品のタイトル 幕末の開国の街下田
作品の概要 激動の幕末に、下田の港にはペリー提督率いるアメリカの黒船の艦隊が来航し、下田で日米和親条約が結ばれ、鎖国政策をとっていた徳川幕府としては、開国の1ページの舞台となりました。

明治・大正・昭和・平成と時代は移り変わって、民間の建物はすっかり様変わりはしているのですが、歴史の表舞台となったお寺には、歴史に登場した人達の遺品やエピソードが残り、「お寺めぐりやペリーロード」などと、人気スポットとなっています。

下田駅近くの「福泉寺」や、ペリーロード近くの「長楽寺」は、ロシアの使節プチャーチンが訪れ、北方の国境画定を含む日露和親条約を結んだ場所。

「稲田寺(とうでんじ)」というお寺には、下田の歴史に登場するお吉(おきち)という女性(後述)の恋人である鶴松という人のお墓があります。

「宝福寺」には、嵐のせいで下田に寄港していた山内容堂に、勝海舟が坂本龍馬の土佐藩脱藩の罪の許しを願い出たとされる謁見の間が残されており、「唐人お吉」の遺品やお墓が有ります。
お吉は当時江戸幕府に命じられ、下田に黒船で来訪していたアメリカの総領事、ハリスに仕えた芸妓さんですが、仕えた期間は、僅か3日間ほどと言われていますが、悲劇の女性でした、後世に、書物や映画にもなったので、それらに関しての遺品が沢山有りました。

「了仙寺」には、黒船に乗って下田にやってきたペリー提督一行は、ここ了仙寺で日米和親条約を結んだ為、それらに関する遺品が残っています。

下田条約締結のために下田に入港したペリー提督が、了仙寺まで歩いたとされる柳並木が立ち並ぶ石畳の小径を、現代は、ペリーロードと名付けられ幕末から明治、大正時代にかけて建てられた石造りの蔵やなまこ壁の商家を利用したレトロな骨董屋やカフェなどが建ち並び、どこかレトロで異国情緒が漂います。