安浦は、横須賀軍港発展に伴い住宅地を確保するために、もともとは大正期に海岸部を埋め立てて造られた土地です。
住宅とともに歓楽街が設置され、公娼地であった柏木田よりも安く庶民的だった安浦は地元の漁師や船乗りにウケ、その後の発展へと繋がってます。
大正末期には80軒、戦後は全焼した柏木田遊郭の代替も兼ね150軒のカフェーが軒を連ねたという横須賀を代表する女性街になりました。
戦後、横須賀の進駐軍相手に栄えたのが最盛期で、売春禁止法以降は細々と続いていました。
それも2010年頃の一斉摘発まで、『ちょんの間地帯』として生き残っていたと言うから驚きです。
安浦は遊郭跡ではあるが、いわゆる妓楼が立ち並ぶ公娼ではなく、カフェー調の建物が多い私娼街であった。
ここでは、あえて遊郭ではなく『カフェー街』と呼ぶにふさわしい建物が数多く残っています。
かって「カフェー街」のすぐそばには漁港があったが、その後埋め立てられ、再開発の波にのまれてしまった。
そこは「平成町」と名づけられ、今ではマンションが立ち並ぶこぎれいな住宅街へと変貌を遂げている。「安浦カフェー街」を歩くと、花街の特徴ある建物として、「質屋」「床屋」「旅館」「小料理屋」「銭湯」が目に入ってきた。
また、この路地に足を踏み入れると、石畳のようなコンクリート舗装としゃれたデザインの街灯(写真番号25番の街灯は時代物である)が残っており、カフェー街の面影を感じることができる。
建物は建てかえられたものが多いが残っているものも結構ある。
外装は塗りなおされているものの玄関や足元周りの装飾タイル貼りや大きい2階窓などに、カフェー街時代の名残りを読み取ることができる。
100mほど足を延ばしたら(安浦三丁目の外れ)、お隣の三春町に小泉純一郎元総理の邸宅が有り、門の前にはポリスボックスが有る、現職の警察官が警備に当たって道行く人を見張っていた。(写真を撮りたかったが・・・) |