D90が観た画像 edojyo-068
しかし、全ての櫓は、文久3年(1863)6月の火災で類焼しました。 当時の建物の燃える火の勢いの激しさを、中雀門の石垣に、ひび割れした姿で、「大火の痕」を後世に残しています。