現在、吉良邸跡は墨田区の「本所松坂町公園」として保存されています。
広さは100平米です。旧本所松坂町(両国3丁目)の吉良家上屋敷は広大で、東西73間(134メートル)、南北は34間(63メートル)であって、坪数2,550坪と記録されています。
吉良上野介が近藤登之介の屋敷跡を拝領したのが、元禄14年(1701)9月3日、義士の討入りがあって没収されたのが元禄16年2月4日ですから、吉良家の上屋敷となっていたのは、前後1年半に満たない短期間でした。
幕府に土地を没収された後は、明治時代、大正時代、そして昭和時代と、更に東京空襲による遍歴を重ね、周辺は住宅地や商業地に変貌しており、普段は静かな街ですが、12月14日になれば、313年前が呼び戻されます。
元禄15年(1702)12月15日・未明の襲撃の際に、赤穂義士の側には犠牲者が出なかったものの、襲撃された吉良家の犠牲となった家臣は20名いた。 |