草月流は、いける人の「個性」を尊重する新しいいけばなとして1927年に勅使河原蒼風が創流した。
「いつでも、どこでも、だれにでも」そしてどんな素材を使ってもいけられる「いけばな」として世界各地で親しまれている。
桂古流の古典花の形は「たちいけ」と呼ぶ。
タテの三角形を作り上げること、足元は叉木に収めるようにする。
いろいろな制約があるがすっきりとした美しさは
いまなお人々を魅了している。
初代会長の中山文甫が未生流の伝統を正統に受け継ぎつつ「いけばなは過去のものであってはならない」といけばなの多様性を主張し、1954年に創立したのが未生流中山文甫会、伝統を大切にしながら、常に時代に呼応した「新しい花」を求めて活動している。
広山流は初代・岡田広山が明治の末、時代の変化とともに洋風建築にも適応する新しいいけ花を目指し「植物本来の個性をいきいきと表現する自由花」として創流した。
三代家元は野草の分野を開拓、「野の花山の花」と評されるまでになった。下の2枚目は、解説が必要かも。
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草月流が「草丘の間」に大きな生け花を展示した。
部屋の欄間には、「礒部草丘の四季草花絵」が飾られており、生け花の作者は背景の桜の花を借景として、紙粘土でピンクの花の蕾をたくさん付けた作品を出展した。 |