昭和初期といえば、隣国中国の満州を統治下に置いた日本陸軍の躍進は、来るべき世界大戦戦争に備え東京・中野から広大な農地を持つ相模原を陸軍の軍需工場や飛行場や兵器工場関連施設造りに着手する。 そして、現在、相模女子大学の敷地となっている東京ドーム4個分を持つ場所に、昭和11年に「陸軍通信学校」を移転して、部隊間でやり取りするモールス信号や極秘事項を含んだ暗号の解読など、戦時中、旧日本軍の存亡を左右するとされたこれら通信技術を研究・学習する施設あった。
おそらく、農家の畑にあったであろう「ソメイヨシノ」の桜の木は、陸軍が「陸軍通信学校」の開設時に建築の邪魔にもならなかったので、切りわすれたものだろう。
相模女子大学の土地となった現在、相模原市では、「百年桜」として、市民の花見会場向けに開放している。
ソメイヨシノの一本桜は、樹高15メートル、枝張り20メートル、幹周り5メートル以上。 |