第62話  勝沼戦争の敗北

近藤勇の率いる『甲陽鎮撫隊』が甲州に入ったころ、官軍の『政府東山道軍』は
すでに甲府城を占領していた。

近藤勇は『甲陽鎮撫隊』の作戦本部を勝沼の手前の横吹におき、柏尾山の中腹に布陣した。
慶応四年(1868)三月六日、かっての新撰組、会津藩から成る幕府軍『甲陽鎮撫隊』 と、
板垣退助の率いる因幡藩・土佐藩・高遠藩の兵力からなる官軍が柏尾で戦った。
戦いは銃戦である。銃の扱いは官軍のほうが圧倒的にうまかった。
官軍を焼くつもりで放った火が、風向きが変わって、燃え上がったものが谷底から
『甲陽鎮撫隊』の方に吹き上がってきた。

近藤勇はついに退却を命じ、笹子峠に逃げた。 以後、敗走に敗走が続いた。

柏尾橋のたもとに『柏尾の古戦場』の碑と、近藤勇の石像が建っている。