第19話  長州の間者(かんじゃ)の暗殺


文久三年の「禁門の政変」以後、京都から締め出された長州藩は孤立し、
外国4カ国艦隊からも報復攻撃を受けている。

朝廷や幕府から嫌われた長州藩は、京都にあって、地下組織を作り
スパイ活動を繰り広げていた。

禁門の政変での活躍により、「武家伝奏からの『新撰組』拝命」や
「下賜金」を拝領して、知名度も上がり、「新撰組の組織拡大」を
目指し大幅な新人隊士の補充を行った。

それらの中に長州藩士から10名近くのスパイが紛れ込んできた。

二番組隊長の永倉新八と中村金五を「花見小路の一力」で殺害しようとした
たくらみが事前に露見した。

屯所で結髪中の長州間者「御倉伊勢武」と「荒木田左馬之介」は
永倉らに殺害された。
「楠小十郎」は原田左之介に殺害され、
「松井」「越後」他2名は、沖田と藤堂の追っ手から逃げた。

*********** 外国4カ国艦隊の報復攻撃とは **********

攘夷を唱える長州藩は、長州沿岸に近づく外国船にたびたび攻撃をしている。

文久三年五月十日には、下関に停泊中だったアメリカ商船
「ペンブローグ号」を突然砲撃した。

この後、二十三日には、フランス軍艦キンシャン号、
二十六日にオランダ船メデューサ号を砲撃しした。

外国側は幕府に厳重な抗議を行い、六月に入ると、米仏の軍艦は次々と
下関に報復の砲撃を行うことになった。

惨敗した長州藩は軍事的指導力に期待して高杉晋作を再起用した。
そして、奇兵隊が結成されたのもこのときである。

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花見小路の『一力亭』は現在でも、『一見さんお断り』の高級料亭である。

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