| 11月の栞 『小田原「復活 御幸の浜花火大会」(百周年記念事業)』
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スマホでカナロコ(神奈川新聞)の記事を拾っていたら、MM21のイルミネーション記事に紛れて見つけたのがこの花火大会。しかもラッキーなことに日曜開催。例年なら明日は「長野えびす講煙火大会」でワクワクしているはずが、二年続けて中止。昨年は千曲川の氾濫、今年はコロナ・ウイルス。更埴にある友人の旅館も心配になってしまう。一旦はGO TO 〜で復活の兆しがあったものの、「Covid−19」は政府が考えるほど弱く(甘く)はなかった。一般人が株や先物・FXなどに投資(GO TO 〜)し、儲けるはず(経済の回復)を目指すも、うまくいかず、その損失を埋めるために、さらなる資金(税金)を投入し、(休業補償に充填)人生狂って行くのと何となく似ている(必ずしも、それらの投資が悪いと言っているわけではありません。投資先の問題(この場合は医師、看護師、病院経営、ワクチン開発などの医療方面への資金投入のニュースが全く聞こえない。出てくるのは、首相と、経済再生相と国土交通相ばかり)。首相はじめ各大臣や国家校務員は、首になることもないし首をつって命を絶つこともない。しかし、巷では自殺者も増え、倒産件数も増加、経済の方に目を向けるのは無理はないが、我々の税金を使う以上、虚しさの残るような使い方ではなく、もっと根本的な(派手な「やってますパフォーマンス「」ではなく)もっと根本的な地味で目立たなくても基本的な部門に投入して欲しい。目減りしてゆく税金(国費)は仕方ないとして、もっと真剣に考えてほしい。
いきなり冒頭から脱線いたしました。前日から天候を気にして何度も風向きをチェック。南寄りの風が夕方まで強めに吹く予想。しかし、それ以前に天気が下り坂。夕方から、パラつくとの情報には、いささかがっかり。雨量は大したことはなさそうなので、出かけることを前提に撮影場所の位置決めに入る。まず第一に考えられるのは「小田原城」をアングルに入れること。日中の南風が夕方から無風になり北風に変わる20時(その前にひと雨降る予報)なら、花火は終わっているので一夜城付近。風向きを軽視するなら城山公園には「海と城の見える丘」がある。ほぼ一直線なので城との絡めは良い筈。車は5台しか止められないので、おそらく近くのコインパーキングを利用することになりそうだった。一方、一夜城付近からの夜景は、近藤師匠とも何度か撮影に来たことがあるし、素晴らしい夜景であることは疑いの余地はない。
西湘バイパスを箱根口まで走り、まずは一夜城に立ち寄ってみた。16時過ぎ、駐車場にはかなり多くの車があり、しかも一般の定期バスまで止まっていた。一夜城跡には相模湾を一望できる場所があり、そこからの夜景はレベルが高い。しかし、今回の花火内容を考えると、それほど大きな号数は上がらないはず(西湘バイパスを走行中にチラ見したが、小さな筒が目立った)。そうすると一夜城の展望台の一つ「物見台」からでは、あまりにも高度差がありすぎて(一枚目の写真は一夜城「物見台」からの夜景です。参考までに。)、ちんまりとしたものしか撮れない(目下300ミリが作動不良につき最大200ミリを持参)のでは?と言う不安があった。「物見台自体は木製(だと記憶しているが)なので、三脚を置いたとしても誰かが歩けば振動でぶれるのではと推測、周囲の草地も狭くスペースの問題もある。決定的なのは、機材を持って上がるには、かなりしんどいことだ。
どうしようか迷っていた時だった。ポツポツと音を立てて、雨粒がフロントガラスをたたき始めた。こうなると雨はいつまで続くのか?はたまた、一旦止んでも又降るかも知れない?この時間で降り始めるとは予想より早い。こういう状況下では、車との距離は出来るだけ近いほうがいい。傘は勿論、カメラの雨対策が容易にできるからだ。雨が消極的選択をしてくれたおかげで、一夜城を諦めた。と同時に城山公園も。以前、この付近で近藤師匠と江の島方面を撮影した時は道端に車を停めての撮影だった。今回も道端作戦に切り換えた。一夜城から早川方面に下る道は、多く枝分かれしていて、いくらでも撮影ポイントを探すことが出来る(早川まで下りるメインの道路は決っていて、急坂・急カーブゆえ絶対駐車はできないが、枝道に入ればそれなりにスペースはある)。実際この日、たまたま止めた場所にも何箇所かカーブが突き出ているところがあり、カメラマンの姿もちらほら見かけられた。別に、彼らのお隣に三脚を置かなければならないほど、場所が無い訳ではないので、別な所に車を止め数歩歩くだけの距離に三脚を置いた。結局、花火打ち上げ開始までに二回ほどパラパラ降ってはすぐに止む天候だった。雨が降っていても、薄っすらと太陽が見えたり、安定しないこの日の天気だった。西側に厚い雲があり、夕日が街を照らすわけでもなく、あっという間に暗くなった。風はほぼ背中からの時もあれば、海から弱めの時もあった。
街の明かりが灯り始めると、ここからの眺めは最高潮に達する。夜景が好きな自分は、いつの間にか小田原城のことは眼中から消えていた。18時25分頃再びの雨、仕方なく傘をさしての設定最終チェックとなった。16時30分を5分ほど過ぎたころ、御幸の浜の突堤から花火は上がった。と思ったらなんと早川駅近くの「小田原さかなセンター」付近からの同時打ちだった。一瞬パニックになった。カメラは縦位置アップと横位置広角で臨んでいたが、どちらも御幸の浜一点に焦点を合わせてあった。急いで横位置カメラをずらし、辛うじて両方入る画角に合わせたが、「時すでに遅し」。オープニング花火がロクに撮影できていない。その後、横位置カメラはいつ「対打ち」が来てもいいように置きっぱなしにしていたのだが、プログラム中盤は全く右側からの打ち上げはなかった。そして、エンディング花火になって再び「対打ち」となった。一応対応はしたものの、撮影場所正面(つまり花火と花火の真ん中)に、あろうことかミカンの木が鎮座しているのだ。だから中央は真っ黒で夜景も写っていない。花火が終了したあとモニターを確認すると、間の抜けた冴えない写真が出来上がっていた。そんな時、少し離れて撮影していたフォルクスワーゲン・ビートルのカメラマンが寄ってきて、「右側の撮れましたか?」と聞かれた。とっさに「諦めました!」とは答えておいたのだが・・・。再び雨足が今までになく強くなり、10台ほど止まっていた車も「クモの子を散らす」がごとく(少し大げさ)走り去り、自分だけになった。片付けに入ろうと思いへッドランプが障害物だったミカンの木を照らした時、閃くものがあった。「そうかカメラ内の多重露光で、間の抜けた二か所打ちの真ん中にこいつを入れよう!」そして出来上がったものが、ラストの二枚です。運よく右側の花火がミカンの木に隠れなかったのは、全くの偶然。今思えば、沖合に赤色灯を付けた船が距離を置いて2隻出ていたのだから、おかしいと思わなければいけなかったのだが。まだまだ状況判断が甘いことを痛感した1日でした。
結局、雨は止むことはなく、粒も大きめ。ついでに小田原城へ寄って撮影でもして帰ろうかと思ったのですが、全く雨がそれを許さず。適当に本丸まで足早に行き、数枚撮影。レンズをフキフキのつまらない写真が撮れただけで終わってしまった。国府津駅を過ぎる頃には雨は止み、大磯から拙宅迄は降った形跡すらなかった。なんとも意地悪な天気ではあったが、帰宅後ダイレクトプリントした花火には煙がほとんど写っておらず、初冬には珍しい?そうでもないかも?南西の風に救われた感じがした。
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