相棒の栞  モバイル版

山梨県南都留郡山中湖村山中1507地先
撮影日時 : 2020−2−12、2−24
2月の栞 『二月の山中湖ダイヤモンド富士』
2月12日訪問記
1月31日に「白鳥おじさん」から色々なお話を伺ったお礼に、再び山中湖を訪れた。そして、例の場所で「白鳥おじさん」は餌やりに余念がなかった。A4サイズに拡大した写真を差し上げ、再び白鳥談義とその後におじさんの撮った写真を拝見。この方、なかなか写真のセンスがあるしシャッターチャンスを逃さない。毎日来ていればこうなるのかとも思ったが、それは僻みに近い。
この日の収穫は、思はぬ事だった。「俺の土地だから車止めてもいいよ!」と湖畔の、とある場所を教えてくれた。「大池って言えば、この辺で知らない人はいない!」とデカい口をききなさる。この日も長池湖畔でダイヤ姫を撮影した後、白鳥さんたちの姿を追ったが、これといった満足な写真は撮れなかった。「これから、ワカサギ漁の仕掛けを作るんだ!」そう言いながら、少し離れた仲間のところへと行ってしまった。残ったのは自分と言葉の通じない例の国のカメラマンが2名。新型コロナが流行っている折、何となく話しかけられたら、やばい感じがして(失礼)で早々に引き上げた。

2月24日訪問記
めでたく大学合格を果たした、元教え子に合格祝いをするついでに、カメラ機材運びの役をお願いした。この日のダイヤポイントはパノラマ台。ただ、ここは大変な混みようであることは有名な話。そこで、以前霧に覆われて消化不良で終わった「明神山」にチャレンジ。と言っても、カメラとレンズそして三脚を持って上がった過去の経験から、とても苦しい思いをした。息が苦しく3〜4回途中休憩をして、ようやくたどり着いた明神山山頂。ハイキングコースとはなっているものの、急坂の登山に近い。元教え子には申し訳なかったが、5Dに28〜300の白レンズを装着した機材を背負わせ、三脚も持って上ってもらった。もとより、彼は剣道部で鍛えた身体、一回も休むことなく頂上まで運んでくれた。手ぶらな自分は、それでも3回も途中でひっくり返り、一度だけ吐きそうになった。その度に彼を何度も立ち止まらせる醜態。急坂から左手に見える富士山とその山頂をめがけて沈もうとしている太陽を横目で見ながら、気持ちだけ急く。「その急坂の先はどうなってるか先に歩いて見て来て!」根性なしの自分が教え子に声をかける。少しして「まだ、先がありますよ!」の返事。ガックリする自分。聞くんじゃなかった。20分かけて前回は登ったのに、今回身軽なはずがなぜか20分をオーバー。絶対体重が重すぎる!そう痛感した。幸いダイヤ時刻には間に合ったが、頂上には7〜8台のカメラが三脚に据え付けられていて、カメラマンの視線が我々に注がれる。息が上がっているのを察知されない様に、こらえながら三脚をケースいから取り出す。

ここは海抜1291メートル。自分的には空気の薄さを感じる(単に年のせいか?この日この場所は無風に近く、かなり富士山は霞んでいる。いや、太陽がぼやけている。残念ながらくっきりしたダイヤモンド富士は撮影できなかった。それでも教え子は最新のアイフォン11とやらでシャカシャカやっていた。かなりの広角も撮影でき、16ミリよりもっと広角ではないかと思える。モニターを見る限りは、負けそうにきれいだ!一眼高級カメラの売り上げがソニーを除いて頭打ちなのも頷ける。ダイヤモンド富士の撮影に成功すると大抵のカメラマンは帰った。我々は、折角なので日没までこの場所で粘り、途中教え子の記念撮影。もう少し夕景が赤くなって欲しかったが、それは叶わず。18時まで雄大な景色を眺めていた。下山する頃は、多少明るさが残ってはいたが、駐車場近くになるにしたがってヘッドライトの光がなければ道が分からなくなりそうな暗さになっていた。矢張り、一人では不安になるところだが、今日は心強い助っ人が居てくれて、その心配は無用だった。

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