| 4月の栞 『乙ヶ妻の枝垂れ桜(昼)』
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この桜が何といっても素晴らしいのは、小高い丘の上に一本だけ「孤高の桜」とでも言える存在感。そして、まだ樹齢150〜200年と若いこともあって、いわゆる老木にありがちな支えが一本もない。近藤師匠と一本桜巡りをしていたころからずっと行きたかった桜がこれ。本来なら春休み期間中だったり、ほかの桜や花火大会を追っかけているので行きそびれていた。しかし、今年は悍ましいウイルスのせいで仕事が不規則になり、一応6日からの学校再開を目論んでいたので休みにしてあった。とは言っても自分では「乙ヶ妻のシダレザクラ」の開花情報を調べようがなく判らない。今回は、一か八かの遠征となった。最悪「つぼみ」でも仕方がないと錯誤を決めて出かけたのだが、到着してびっくり「ほぼ満開」に近かった。実のところ、あと1〜2日後がベストかも知れなかったが、当てずっぽうで行ったのだから大正解と言えるだろう!しかも朝から快晴で、シダレザクラの遥か彼方に富士山が小さく見えた。
到着が10時を回っていた為か、カメラマンは5〜6人ほどしかいなかった。近くの公民館の5に台ほどの駐車スペースがあるのだが、ほかに臨時のPを設けてくれていた。案内板に従って急勾配を上がると、そこにも車は3〜4台ほどしか止まっていなかった。おそらく朝早く撮影し、既に撮影を終わり立ち去ったのだと思った。一方で、老夫婦のグループ二組と中年夫婦一組が居合わせたが、長居をすることもなくもどっていった。下調べが十分でなかったこともあり、駐車場から急坂を30メートルくらい上がらなければならないとは・・・。息が荒くなってきた頃、お目当ての桜が目に飛び込んできた。多少見上げるような位置だからかも知れないが、その威風堂々たる姿に圧倒された。電線が邪魔にはなるが、右手の坂を少し上がれば、邪魔な電線も画郭下方へ消え去るので、50ミリから70ミリ程度のズームレンズで離れた位置からも撮影できる。しかし、よく見ると桜の周囲にはロープが張ってありベンチも見える。小さな案内板を頼りにさらに坂を上がると林の中に入る小径がある。ここで一旦息を整える。10メートル程木々に囲まれた薄暗い道を通るのだが、すぐに開ける。そして右手に再びシダレザクラを見上げることが出来る。畦道と足場の悪い階段を上がっていくと桜の裏側まで行くことが出来、およそ240度くらいは周囲をぐるりと歩くことができる。そして、カメラマン数名は行き止まりに近い奥の方から富士山が見える位置に陣取っていた。マスク越しに「おはようございます」と挨拶を交わす程度ではコロナ・ウイルスへの感染の心配はない。
もう一つ、研究不足だったのがレンズチョイス。なんと24ミリでは入りきらないのだ。多少後ろへ下がることはできても、それではロープが入ってしまう。仕方なくやっとの思いで上がってきた道を16ミリレンズを取りに戻ることにした。折角来たのだから、この程度のミスはリカバーしないともったいない。もう一点、ここの桜の最適な撮影時間が不明。11時頃では右端のシダレ桜の枝に太陽が当たらないため黒ずんでしまうのだ。12時まで待ったが、今度は完全な逆光。横にいたカメラマン同士もその点に気が付いたらしく、「ここは一体何時頃がいいのでしょうか?」と問うていた。「明け方ですかね?」相手方がそう答えてはいたが、発色という点ではどうなのか些か疑問である。高台に位置するこの場所は風がまともに当たりシダレを激しく揺らす。そのたびに少しづつ花弁が散っていく様は少し寂しい。と同時に体も寒さを感じる。それにしても来る人が少ない。桜の反対側に人物が入ることなど、この日に限っては全く気を遣う必要はなかった。
結構枚数だけは撮ったように感じたので(帰宅後見てみたら、納得できる写真があまりない)、一旦ここを後にすることにした。持参のパンを頬張っていると、隣に止まっていた「アクア」のカメラマンから「どこから来たのか?」と聞かれた。病院帰りに立ち寄ったというそのご高齢の方は地元の人で、慈雲寺と周林寺の写真を見せてくれた。慈雲寺はかなり前に行ったことがあったが、周林寺は記憶になかった。「慈雲寺の桜は、左下の枝がなくなっているから、あまり勧めないよ。駐車場代として500円かかるしね。」ありがたい情報をもとにナビに「周林寺」を入れて、「乙ケ妻」を後にした。 |
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