相棒の栞  モバイル版

愛知県名古屋市天白区野並相生
撮影日時 : 2021−5−23
5月の栞 『相生山徳林寺付近のヒメボタル』
毎年恒例だった相生山のヒメジボタル撮影も、昨年はコロナの影響で諦めた。むしろ、コロナそのものと言うより外出自粛要請に日本国民全体がキッチリ従い、県境を跨ぐ外出を控える雰囲気を一人一人がつくりあげたといった感じが強い印象がある。そんな中、自粛警察と言う正義の味方が登場し、相手方の人権を侵害する行為まで発生したのは少し残念ではあったが。自分も名古屋まで行って車を傷つけられたり、訳のわからない因縁を付けられるのが嫌で、流石に昨年は自粛した。
一年が経ち、今年も愛知県には緊急事態宣言が発令されている。新規感染者数も先月まで増加傾向にあった。にも拘わらず、次第に減り始めている。昨年ほどの厳しい外出禁止令ではないのに。自分の心にも、去年ほどの規制がかかることはなかった。と言いたいが、やはり後ろめたさは感じつつ、あの相生山のホタルの乱舞を二年続けて見ないで我慢することは耐え難かった。到着は、顔のわからない夜更け、撮影場所も初めから定番ポイントは避けるつもりだった。三回目となる緊急事態宣言が出されると、緊急でもなんでもなくなる。トップの偉い人たちは、上から目線でお願いしていれば、「我が日本国民は言うことを聞いてくれる!」と当初の優等生的自粛を見て思ったことだろう。お願いすれば嫌とは言わないお人好しに思われたのか?しかし、実際はそうは柔順には従ってはいない。今日だって、海岸を走る国道134号は渋滞が見られた。とりわけ、平塚から新湘南BP経由で圏央道に入ろうとする車の渋滞は、コロナ以前の様子と全く変わらなかった。天気も良く気温も上がっていたので、江の島辺りもかなり込んでいたのではと想像される。
コロナ禍でなければ、近藤師匠にもお声掛けをする所だが、流石にそれはお互いのためにはならない。出発も本来なら昼過ぎに出て、19時頃までに到着して、撮影場所を決めカメラをセットするところだが、そこはやはりコロナ禍、自分にも多少の遠慮があった。16時に出発、箱根越えで出来るだけ一般道を利用して、のんびり走る。箱根新道では、小田原方面へ下る上り線が、ずーと渋滞してノロノロ坂を下っていた。なんとなく可笑しくなって、バンドルを握りながら形骸化した緊急事態という言葉が紙っぺらのようにヒラヒラしている感じだ。この一年間で流行語大賞にノミネートされそうな言葉が数々浮かんでしまった。三密はもう古いが「不要不急の外出は、控えて」「県境を越えての外出は…」「国民の命とくらしを守り、全力で…」「テレワーク7割目指して」「、安心安全な大会…」「65歳以上のワクチン接種は7月一杯迄に完了する」etc。結局は一年前、自分が名古屋行きを諦めた時と状況はあまり変わっていない。大きく変わったのは、一年間のコロナに対する経験値が国民一人一人の学習と考察の機会を与えたことだろうか?
静岡県に入っても、柿田川遊水池辺りはひどい渋滞だった。仕方なく新東名高速に合流する。既に3車線化も終わり、浜松いなさIC迄最高速120キロで走れるようになった。初めは調子に乗ってアクセルを踏んでいたが、時間的には22時頃の到着を考えていたので、100キロ程度にスピードを落とす。そして、トラックの後ろについて左側のレーン走行。ただ、ここで少し興味深い事に気が付いた。100キロと、120キロでは、ガソリンの使用量が結構違うのだ。当たり前だけれど、20キロの差にしては違いすぎる。空気抵抗の大きさを改めて感じた。120キロで走っていたときに表示されていた航続距離が100キロ走行にしたら、50キロくらい伸びたのだ。2トンもある車だしSUVの車高の高さからして、その差はセダンより大きいのは判るが、それでも大きい。
途中蒲郡から再び下の道に降り、岡崎市から名古屋を目指す。遠慮がちに「相生山」に到着。しかし、その遠慮は一瞬で吹き飛んだ。相生口付近には「らしき車」がずらり。自分は、相生神社近くの空き地に車を停め、出来れば公園外で撮影可能な場所があればと歩く。しかし、周囲は住宅街で、家がない場所でも街灯は均等に建てられている。結局公園の中に誘われるように入って行く。「相生口」から公園内の竹林を目指す。坂を下りるとカメラマンがすでに10名以上、散策通路越しに撮影中。ヒメボタルも多いとは言えないもの結構飛んでいた。ただ、背後から上弦の月を少し過ぎたポッチャリした月が、かなりの明るさで竹林にコントラストを作っていた。相生山も少しは知っているつもりだが、これだけの光が入ると撮影は(自分の撮影の仕方では)白黒のまだらが激しくなってしまい、まず無理。5秒とか10秒で、何十枚も重ねて撮影した後で、PC処理するのなら大丈夫かもしれないが、一分以上露光して撮影する自分の撮影の仕方では、この場所を諦めるしかなかった。11時も近くなると、至るところで蛍は盛んに飛び回っていて、この時点では、はるばる県を一つ跨いで愛知県まで来た後ろめたさは消えていた。手ぶらだったので、機動性はあった。既にヒメのピークは来ているので、「月の影響を受けない暗い場所を探さなくては…」と焦る。幸いヒメの頭数は自分的には多いと感じていたので、飛んでいる場所で暗い場所さえ探せれば(できれば人の少ないか居ない場所)どこでもよかった。
相生口から車に戻る時、ヒメにばかり気を取られていて道に迷った。車を停めた場所が分からなくなったのだ。相生神社の近くだったので、グーグルさんに助けを求めた。大体の方向を把握した後「左に曲がります」を無視して、「この先行き止まり」と書いた立札の道を直進した。辺りは街灯が等間隔で立っていて民家の灯りと合わせて、とても撮影できる条件ではないににも関わらず、ヒメボタルは、お構いなく飛んでいた。実は、ふと迷い込んだ道の一角に、これはという場所があった。何度となく自転車で来るというカメラマンや、散歩に来ていたおばさん二名に言わせると、知る人ぞ知る穴場だそうだ。と言ってもカメラマンの間では、ここを訪れる人は多く、場所の取り合いらしい。前日(土曜日)も来たと言う年配のカメラマンが言うには「昨日は家族連れが多くて、撮影には向かなかった」そうだ。
ヒメボタルは十二時頃がピークで、シンクロした黄金色が約一時間は続いた。本当にこの同調は素晴らしかった。午前一時半過ぎ頃には勢いは次第に衰え(まだまだその気になれば、いくらでも粘れるのだが、あまり遅くなると朝の渋滞にぶつかるので)、帰りの支度をしていたら、先ほどの自転車カメラマンに呼び留められ、話の後に彼のヒメボタルの作品の展示会が始まった。場所を知り尽くした素晴らしい作品がiPadの画面に次々と出てきたが、こんなところで時間を費やしている暇はないので、説明半分で聞き流していた。勿論カメラはタイマーをかけて自動撮影だが。遂に二時を回ってしまったので「これから神奈川まで帰りますので」と言って、話を終わりにした。
来年は是非とも、コロナのことを一切考えることなく、撮影に専念したい。23時がピークだとしても飛翔はもっとずっと早いかもしれない。今回は、場所的には気に入らなかったが、一本道をだれにも邪魔されずに撮影できた点ではラッキーだった。来年は、やはり竹林狙いがいいかなと思いながら、朝焼けと富士山がきれいな新東名を睡魔と闘いながら走った。年々、体力的限界を感じながらも、ぜひ来年もという気持ちだけは、毎年持っている。

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