相棒の栞  モバイル版

長野県木曽郡大桑村野尻
撮影日時 : 2021−5−3
5月の栞 『阿寺渓谷 (その1 六段の滝周遊〜ウナリ島のコウヤマキ)』
6年ほど前まで、拙宅近くに「カメラのキタムラ辻堂店」があり、そこの店員さんは全員非常に気さくな方ばかりで、話をしているだけでも楽しかった。「カメラのキタムラ」は、開店当初は、まだそれ程デジカメが普及しておらずフィルムの現像が仕事のメインの一つだった。やがて、デジカメの普及とともに「現像での売り上げは縮小の一途を辿った。」とは当時の店長の弁。自分がカメラに目覚めたのは、勿論近藤師匠との出会いもあるが、当時あまり上手くない自分の写真(今でも大したことはないが)商売上からか?褒めてくれた「カメラのキタムラ」のスタッフのお陰もある。下手な写真までCDーROMにしたおかげで、「カメラのキタムラ」の売上に多少は貢献できたかも知れない。その後、急速にスマホが普及し、売り場もカメラ関係は縮小され入り口付近は、スマホの展示コーナーと化した。そんな時、辻堂TーSTYLEとか言う蔦屋などが入る小さなショピングモールが近くにでき、辻堂店は閉店した。店長は、弘前へ、店員さん達は、テラスモールや茅ヶ崎のイオン、寒川や湘南台など近場の店舗へ散らばった。
今回の「阿寺渓谷」を紹介してくれたのは、そのうち一番教えを請うたTさんだった。彼女はテラモへ配属になったというので、二年ぐらい後にテラモへ行ってみたが,すでに退職していた。そこの店員によると、札幌に居るお母さまの具合が良くないとかで帰ったそうだ。結局、当時のスタッフさん達とは、どなたともお会いできず、繋がりがなくなってしまった。その間にデジカメの売上は激減し、JKーAさんのようなスマホで動画を撮ったり(空に投げ上げたり、水の中に入れたり)してSNSなどに投稿するパターンが多くなってしまった。自撮り棒が普及する前までは、よく撮影を頼まれたものだが、今では全くと言っていい程頼まれない。10年一昔とはよく言ったものだと痛感する次第だ。
前置きが長くなって(いつもの事ですが)しまい平身低頭。5月の2日、3日、4日と自分にとっての「大型連休」を取り、その内天気のいい日に「阿寺渓谷」へ行く事にしていた。コロナ禍、毎回同じ「緊急事態宣言や、蔓延防止措置云々」を発しているが、確実に回数を重ねるごとに、「外出上等」連中が増えている。先週、白馬村へ行く途中に通った「中津川渓谷」付近のキャンプ場は、カラフルなテントが、おびただしい数張られていて、なかなかの?色合いだった。今日の帰りも、中央道で、22時を回っていても談合坂サービスエリア付近あるいは小仏トンネル?上野原あたりか?10キロ以上の渋滞表示が目に入った。最近は、家庭内感染の割合も増えてきているので、皆さん色々考えて、思いっきり遊べるような広い庭を持っていない家庭が多い日本では、外出という行動が有力な選択肢だと思う。一概に「外出自粛」だけでは我慢できないストレスの蓄積もかなりあると思う。第一、近藤師匠が、これだけ出かけられているのに、コロナに感染しないのは、一つのバロメーター(失礼)でもある。
朝早い時間にも拘らず「阿寺渓谷」には、次から次へと車が到着し、散策を開始し始める。それでも、大自然の中に散らばれば全くバラバラ。10メートル先に人が歩いているのは時々で、前方は勿論、後ろを振り返っても誰もいないこともしばしばだった。入り口からキャンプ場まで6キロちょっとあるので、人口密度は断然低い。「東京の繁華街と一緒にしないでくれ!」と言うか、「東京の感染者数や大阪の病床満床状態だけが地方自治体のそれではないだろう!」と言いたい。誤解を恐れずに言ってしまえば、「阿寺渓谷」のこの美味しい空気、マスクなんかしていては、本当にもったいないと感じた位です。
長野県もここまで南下すると、流石に首都圏ナンバーより名古屋方面の地名プレートが多い。出発は午前3時半、4時間程度かかるとグーグルの案内があったか、相模湖まで下の道で行っても到着は、7時半頃だった。まだ十分阿寺川のV字谷には日が差し込んでは来ていなかった。パンとコーヒーで朝食を済ませ、トイレへ。協力金100円をお願いしますと書かれていたが、何処に入れるのか?わからなかった。どうもトイレ近くではなく、少し離れた駐車場脇に料金箱があったみたい。帰る時にその前を通過したしたが、走り出していたのでごめんなさい。むしろ駐車場管理費として、もっと目立つように数カ所に案内板を立てたらいいのにと思った。「払うよ。こんな素晴らしい場所なのだから。」
殆ど2時間半ほどしか寝ていなかったが、ようやく「阿寺渓谷」への念願?(なぜか行く機会を失っている内に5年ほど経過)叶ったせいか、ウキウキ気分)。中央道では、現行「マツダ・ロードスター」と、ちょっと速めのスピードでアベック走行。そこへ「86」やマフラー改造宜しく、もう一台の黒い「ロードスター」が加わり、爺も頑張った。ただ電池の切れたアウトランダーは、制御が入りスピードが鈍る(どんだけのスピードを出せばそうなるかはご想像にお任せ)。「北斗」や「韮崎」辺りでチリジリになるまで、程よい「眠気覚まし」代わりの刺激となった。「諏訪湖」辺りから中央道の交通量はかなり減った。代わりにアスファルトが黒く、日付が変わる頃まで多少の雨が降った様だった。塩尻ICから国道19号を走るが、路面は乾いていたが路側には水溜りがあった。阿寺渓谷の駐車場も雨が降った痕跡はシッカリ残り、さぞ山道はグチャグチャだろうと容易に想像できた。
入り口からキャンプ場まで、およそ6,3キロほどある中間の駐車場に車を止め、上流半分を往復する計画を立てた。それでも往復5キロ程あり、普段から運動不足の自分には自信がなかった。幸い足をつることはなかったが、山道は水溜りやぬかるみで長靴でも良い位。落ち葉は雨水をタップリ吸い込んでいて、非常に滑りやすかったし、木道はじっとり水分を含んでいるので危険すぎる。実際この日は、5回滑った。一番危なかったのは危うく崖から落ちそうになった時だ。辛うじて引かれているロープにつかまり難を逃れたが、ジーンズは泥だらけ。苔の生えている岩や、ビチョビチョな木道の階段は相当気をつけたが、落ち葉がこんなに滑るとは。分かっていたものの、チョット油断すると三十センチは滑った。一回は右手中指の爪の間に土が入り、少しだけ爪が剥がれて血が滲んだ。その他は、獣道的な崖を下りて行く時にズルッと・・・。人に見られたら恥ずかしい光景だが、そもそもこんな危険を冒して、下りてゆくのは、相当物好きなカメラマンくらいだろう?誰にも気づかれずに済んだ。みっともなかったことだけは確かだが。ただし、カメラは何回かフードや本体を岩にぶつけ、何か所かガリガリになった。
午前11時くらいまでは、ほとんど雲がない狙い通りの晴れだったが、昼近くから13時くらいまでは、雲の流れが速く、ファインダーを覗いて構図を決めている最中に急に曇って暗くなり、そのままシャッターを切ってしまって、アンダーな写真に変わってしまったり、日差しが有ると無いとではこんなにエメラルドグリーンに差があるのかと、変な意味で感動したりした。午後二時頃になると天気は急変し、雨が降り出した。幸い粒は大きかったが、すぐに止み大事には至らなかった。というのも、歩く距離が距離だけに、荷物は極力少なくしておいた。まさか雨が降るなんて、みじんも思っていなかった。「ヤバイかな?」と思いつつ、雨宿りをする場所なんかない。ついでに言うと、「里帰りハナノキ」近くの駐車場のトイレ(手を洗う水がない)以外、おそらく3キロ先のキャンプ場までトイレはない。よって水分補給は少なめにするしかなかった。
それでは、その1として、入り口から1,4キロ地点にある「森林鉄道跡(既に鉄橋さえ渡れなくなっていました)」及び駐車場近くの「赤彦吊り橋」を渡り「六段の滝」を巡る遊歩道(途中で引き返す)〜「中八丁吊り橋」〜「ウナリ島のコウヤ・マキ」までをご覧ください。

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