相棒の栞  モバイル版

長野県佐久市
撮影日時 : 2022−4−18〜4−20
4月の栞 『龍岡五稜郭の桜』
五稜郭と言えば函館五稜郭しか思い浮かばないのは至極当然だ。しかし、もう一つ近場に五稜郭はあった。但し、五稜郭に興味があったわけではなく、近場で桜のまだ咲いているところを探していて、たまたま佐久市に桜の見頃な場所があっただけです。

龍岡城五稜郭は、慶応3年(1867年)に龍岡藩主松平乗謨(まつだいらのりかた)によって造られた、日本に2つしかない星型に突き出た擬洋式城郭。江戸時代は新たに城を造ることはできませんでしたが、幕府の要職についており、軍隊に関心を寄せていたこともあって、特別に許可をもらってフランスのディール市にある城郭「ボーバン城」をモデルにした龍岡城五稜郭を建築しました。1864年より着工して御殿、大手門、東通用門等が完成。しかし、堀は5分の3が完成しただけで、南西と西側の約270メートルは未完成のまま。明治維新により江戸時代が終わると龍岡五稜郭の台所に、近くの寺から子供たちの学校であった「尚友学校」が移転し、現在も佐久市立田口小学校の校地として使われている。

お城の中に学校があったので驚くと同時にこの学校に通える児童が羨ましく思えました。(彦根城を訪れた時、彦根東高校があったが、堀の中とは言え道路一つ隔てていたので、城内の一部とは認識できなかった。)鉄筋の校舎は、堀の未完成な部分側にあり、境界線などはなく、歩いていたらいつの間にか学校の花壇や百葉箱があると言った、完全に敷地内にあります。それゆえ、五稜郭の星形と完成部分の堀の景観を損なうものではありませんでした。城らしき姿はなく、鳥居と付属の建物が数個あるだけなのは少し残念。

しかし、完成された堀には、満々と水を湛えていて鯉も泳いでいた。なんと言っても土手に植えられているソメイヨシノは、満開を少し過ぎてはいたものの、散り初めの花びらが堀に浮かび、いわゆる花筏を作っていました。大袈裟に言えば、弘前城のそれを部分的に切り取れば、似た様な写真に近いものが撮れる様な気がしました。

平日にもかかわらず、カメラマンと一般客各10名程度が訪れていて、のんびりと堀を一周散策していた。お城(跡)に興味のある方、あるいは歴史を熟知している人なら、ここは訪れるに値する趣のある場所だと思う。丁度、下校時間に当たり、児童がヘルメットを被って堀にかかった橋を渡る姿もここならではの風景と言えるのではないかと思った。

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