相棒の栞  モバイル版

茨城県東茨城郡大洗町
撮影日時 : 2023−9−24
9月の栞 『大洗海上花火大会』
天気が気になる一日ではあったが、予報が外れてくれた。午後一時雨予報や、18時頃一度晴れマークやら、とにかく基本は曇り。風向きは東寄りだったので、下り坂。しかし、迷わず出掛けた。しかも、昨年より早く、10時30 分到着。と言うのも、昨年隣で撮影されていた横浜からのカメラマンが13時で土手(おでぃば山)が三脚で埋まっていたとの情報が、一年たっても記憶から消えてはいなかった。

その経験は、昨年隣で撮影していた横浜のカメラマンにもあったらしく、再び隣での撮影(再会)となった。彼は、昨年の写真から思いの外、頭上の松の枝が気になり、花火と重なるギリギリで、上空にゆとりがなかった事を反省し、今回は土手の右寄りに場所を取っていた。色々検討した結果、前方の下部に生えている雑木林の枝が気にはなったが、上空は空だけなので彼の隣で撮影することに決めた。

場所が決まると、後は時間を持て余すことになる。幸い、今年はコロナ禍からの解放もあり、カメラマン同士の会話が復活した感じだ。行く所随所でカメラマン同士の会話が弾む。花火情報の交換の後、自分は車に戻り、軽食の後仮眠。

その後、大洗市役所からマリンタワー、シーサイド・ステーションを抜け有料席手前まで散策した。戦後、フェリー埠頭が出来たことで、コンテナを積んだトレーラーが、夥しい数、放置してある。北海道へのフェリーの到着待ちなのか?大洗という街は、海岸線から通り三本程を超えると、途端に歴史の街と変化する。磯浜海防陣屋跡付近には多くの古墳群が存在し、当時はここから400メートル先が海岸だったそうだ。古墳群がある道は、とても狭く幅のある車は走るのに相当な慎重さが必要。また、古墳を車で回ることは殆ど不可能に近く、古墳近くにあるパーキングはたった3台しか止められない。空き地は沢山あるのだが大抵私有地で、昨年は無かったコーンが至る所に立てられていた。自分も、車が止められず苦労したが、会場近くのスーパーは、花火大会のために車を止める旨を申し出れば2000円で可能。勿論、帰りの脱出は軽く1時間ほど待たないとダメだろうが・・・。

17時少し前に磯浜へ戻ると、カメラの三脚も二重に重なっていて、後ろのカメラマンは撮影が満足にできるとは思えない状況。自分の後ろにも、自分より丈の低い三脚が立っていた。よせばいいのにカップルに「余計なお世話ですが、前に三脚を立てるので(場所取りの際、既に一本は立てて置いてあったが)そこでの撮影は無理かと・・。」と声をかける。すると写真を撮るのは、男性ではなく女性の方だった。俄然気の毒になり(下心なく)、「スペース空けますので、前でどうぞ!」と、2台の自分の三脚の間隔を狭めた。勿論、喜んだことは言うまでも無い!その女性は、昨年有料席で撮影したとの事。その時の花火の写真を拝見し、しっかり撮れていたので、特段のアドバイスは必要ない腕前だと感じられた。しかも、蒲郡など他の花火大会の話まで持ち上がり、結構花火撮影している事が判明。

今年は打ち上げ数が、去年の倍の12000発だと聞いて期待したのだが、残念ながら結果として満足度は昨年の半分だった。打ち上げ開始になって、ほぼ無風になり撮影した花火の殆ど全てが煙の影響を受けていた。よって、パソコンで作業する事ができない自分にとって(煙を消すことは出来ない)、今年の野村花火の作品の中には、ダイレクトプリントをして知人にあげる作品は、一枚もつくれなかった。それは気象条件だから仕方がないことだが、結局打ち上げ数で増えたのは、小玉か小型スターマン。昨年のシステマティックな大型スターマインは数が減り、尺玉単発が多かった。勿論、野村花火さんの10号なので素晴らしい芸術玉が殆どだったから、大いに満足できた。しかし、音楽とコラボしたためか?有料席でしか見られない花火があったのか?間隔が空きすぎていて、集中力が途絶える。次の打ち上げを待つ間、水分補給するのに、たっぷりの時間はあるし、横浜のカメラマンと感想や冗談を言う時間潰しも度々。彼がいみじくも語った言葉が、当を得ていた。「やっぱり打ち上げ数じぁないんだよな!」。

場所を提供してあげたカメラ女子、最後に香取線香の灰を捨てて受け皿を返してくれた。こういう小さな行いで、この女性が気遣いの出来る素晴らしい人だと判る。相模原と名古屋の遠距離恋愛?が続き、2人の幸せな人生がトワ(永遠)に続く事を祈ります。

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