1月の栞  『1月の富士山 富士山と北極星』

今月は世界遺産との組み合わせを、北極星に求めてみました。
あまり一般受けしそうもないので、これまでに近ちゃんギャラリーに載せた事はありません。
よって今回が初登場となります。

長時間露光の最たるもの、(蛍撮影の比ではない)ゆえ、以前からこれだけはフィルムを使っていたのですが、デジとの比較では、星空のブルーの出色など、フィルムの美しさに敵うものではなかったのです。

今回もフィルムと2台体制で臨むつもりが、残念ながら2年前に有効期限切れになっていて、敢えて買うまでのこともないので、デジのみに。(後ろ髪を惹かれる思いです。)

新月を挟んで約1週間から10日、富士山が見え、且つなるべく雲の少ない日、数少ないチャンスを見計らって出かけます。
大抵は仕事が終わってからで、現地での撮影時間は正味3時間あればいいほうです。(片道2時間はかかるので。)
撮れる枚数は上手く行って2〜3枚ってところ。

自宅を出て、途中まで富士山が見えていても、撮影地に着くと見えなかったりすることは珍しくはありません。
露光中じっと待っていると「上手く撮れているのか?」という不安から、確認したい衝動に何度も駆られたり、車の中で暖を取っていても、富士山に雲がかかっていないか度々車の外へ出たり。
ついには忍耐力不足で、レリーズを戻してしまったりします。
フィルム撮影なら、一度シャッターを押したら、後は「まな板の上の鯉」で、覚悟も決められるのですが。

結果、昼間のような快晴の空に、微かに星が写っていたり、富士山が何処にあるか区別がつかないダークブルーの世界だったり。
一時間露光して、1枚も撮影できないという惨めな結果はよくあります。
とにかく真っ暗闇が条件ですから、暫く目を慣らしてからでないと辺りが見えません。
勿論モニターにも富士山は映らないし、水平をきっちりとったつもりでも、特に縦位置の時、ねじの締め付けが甘いと、本来殆ど動かないはずの北極星が上空へと移動した、有り得ない写真が撮れたりします。
 
(1) 1月2日撮影。 (写真は、1.2.3)
  富士市大渕は、富士山のほぼ真上に北極星が来ます。
しかしここは、撮影ポイントが極端に狭く、三脚が5本も並べば満員。
最近は、草木の丈も伸び、視界がますます狭まってしまいました。
露光時間が短かった点を除けば、天候と月齢0.7に恵まれ、かなり鮮明な同心円となりました。
(2) 1月7日撮影。 (写真は、4.5)
  富士宮市粟倉は、大渕から1キロほど西方へずれているため、富士山の真上に北極星は来ませんが、大渕より少し撮影場所が広い事、比較的裾野まで見えるので、横位置撮影に向いている為か、最近はこちらの方が人気のようで、大渕に一名の撮影者の時も、こちらは3人ほどいたりします。
この日は、雲が流れて富士山に懸かり、又消えるという繰り返しで、光跡が切れ切れになっている上に、雲が多いので空の色が綺麗には出ません。
(3)   1月11日撮影。 (写真は、6.7)
  静岡県沼津市の県道17号線、大瀬崎の先にある、「煌きの丘」は、眼下に井田の集落を入れて撮影可能な有名ポイント。
しかしここからは富士山が遠いため、はっきり写ることはめったにありません。
(それほど多く足を運んでない事もありますが。)
この日も、西から低い雲が移動してきて、2枚のうち1枚は富士山が霞んで鮮明ではありません。
救いは、山の中腹を走る車のライト、井田の集落を一周する新聞配達の車、漁船の光跡などラッキーな写り込みがあったことです。
車のボンネットに寄りかかって、満天の星をじっと眺めていると、本当に自分が周っている(地球が動いている)様に感じ取れる一瞬があります。
そう思っているだけの先入観かもしれませんが、たとえ錯覚でも幻覚でも不思議な気分になります。
そしてその時にはいつも、ベンチャーズの「BLUE STAR」という、インストルメンタルをやや大きめのボリュームで聴くのです。
最高の雰囲気です。
流石に涙までは出ませんが、気持ちが洗われるひと時です。
おそらく、心の優しい女性なら、ウルウル来ても不思議ではありません。
きっとその涙は、星空と同じくらい綺麗だと思います。

撮影日:2014/1/2と1/7と1/11

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拡大写真でご覧頂けます。

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