10月の栞 『蓼科中央高原 ・横谷峡』
| 今年6月に御射鹿池を訪れた際、少し先へ行った所に「明治温泉」があり、その直ぐ横に「おしどり隠しの滝」があることを知った。 ただ、その時は時間的に全く余裕がなかったので、立寄る事もしないまま帰路に着いた。 今回、色づき情報などで、この滝の黄葉(紅葉)も悪くないと思い、御射鹿池の後に、たっぷり時間をかけて歩く計画を立てた。 (1) 「おしどり隠しの滝」は渋川と言う川の上流にあり、実はここを起点に遊歩道が下流に向かって6キロも続いているのだ。 残念ながら全行程を往復するのは、自分の体力ではとても無理。 なぜなら、遊歩道とは名ばかりで、崖にへばりつくような狭い道を進んだり、壊れかけた橋を渡ったり、急な坂を上がったかと思えば、滑り落ちそうな足場の悪い下り階段を下りたり・・・。 注意書きのたて看板に(大抵この手の案内板にはオーバーな文言が多いのだが)偽りがなかったどころか、もっと厳しい=危険を喚起するような=言葉でも良いように感じた。 「草履、サンダル、ハイヒールでは通行禁止」とあったが、それどころではない。 トレッキングシューズ以上の靴と、両手に杖があったほうが安全な程だ。 一歩間違えれば、急傾斜を100メートルは否応無しに転げ落ちる場所が殆ど。 先ず助からない。 大体嫌な予感がしたのは、「おしどり隠しの滝」の写真を撮った後で渋川を渡ると、いきなりの急階段、それもエキスパンドルメタルと言う工法で、鉄板を網目状に伸ばした、かなり頑丈なステップ(まるで、マンション建設の工事現場の梯子の様な)鉄製の階段を上がって行くのだ。 大体こういうのは、登山道の岩場など相当危険な所に渡してあったりするのだが、いきなり登り始めからごつい構造物が設置してあった。 更にそれに続く階段は、登坂角度が45度以上はありそうな心臓破りのきつい上り(登り)。 案の定、階段を登り切った所で、二人の女性がヘタヘタと座り込んでいて、暫く休まないと動けないご様子。 この時点(場所)で諦めた方が良かったのだが、向こうから歩いて来るカメラマンにこの先のアップダウンを尋ねると、「緩い下りになっています。」と言うので、ついつい歩き出す。 落ち葉に覆われた、人一人がやっと歩ける道、時代劇のロケにだって十分使えそうな奥山、仮に「水戸黄門御一行様」が歩いてきたところで、全く違和感はない。 「自己責任でどうぞ」の看板も、ここがとんでもない所だと思わせるに十分だった。 自分は「おしどり隠しの滝」からたった800メートルしか離れていない「大滝」まで往復するのがやっと、それもバテバテでのトレッキング。 普段の運動不足を痛感すると共に、体力のなさ、本音は「じじいに成ったなー」が実感かな? 言い訳をさせてもらえるなら、案内チラシには800メートルを25〜30分とある。 平坦なら普通1000メートル〜800メートルは15〜12分ほどだから、その倍はかかるという事。 数字上は、「ゆっくりしか歩けないんだな」とは理解できても、実は急坂を上がりきって息が上がってしまうと、立ち止まって休憩せざるを得なくなる。 装備は出来るだけ簡素にし、三脚すら、しぶしぶ一脚に代替した位だし、カメラ一台、28〜300ミリ一本、そして「おーいお茶」一本。 それは正解だったとしても、一脚を「杖代わり」に使うとは思わなかった。 脚の最下段は、石とぶつかったりで(この石が、鋭利な角度でとがっているものばかりで、もしサンダルで歩けば、絶対怪我をし、赤いものを見る羽目になるだろう鋭い形のものばかり=縄文時代の石包丁にも似たその形の石がゴロゴロしている。)塗装がはげ、アルミの地金がピカピカに光った状態となった。 第一部では、「おしどり隠しの滝」と「大滝」へ着くまでの険しい景観をご覧頂く事にいたします。 (2) 実は、この横谷峡最大の見所と言っても過言ではない「大滝」へは、そんなに苦労しなくても反対側から(R299経由)車で行けば楽勝なのです。 R299を横谷観音入り口右折、突き当りまで走ると、それなりに広い駐車場が右手に有るんです。 そこからは、緩やかな下りの広くて、歩き易い道を5分歩けば横谷観音展望台に到着、そこから眼下に大滝は見えます。 但し、1メートル20センチほどの金網があり、子供にはチョッと厳しいし、大人でも、草木が手前に茂っていて滝の下部は見えにくいです。 直ぐ横にベンチが二つあり、(混んでなければ)、それを引っ張ってきて、靴を脱いで上がって見ている人もいました。 もっとチャンと見たいと思えば、下り坂(それなりに急坂)を10分降りれば東屋からも見られますが、見え方は上からと余り変わりません。 東屋からでも、100メートルほど離れていて、矢張り木々が前方を塞ぎ二段滝である大滝の全貌は完全には見えないからです。 落差が50メートルあるといわれていますが、これも遠くから見るとそんなに高いとは思えないスケールの無さです。 実はそこから15分ほど下り、一枚岩手前から橋を渡って大滝へ行く、かなり厳しい道があるらしいのですが、捜しまくった挙句、橋の痕跡すら見つかりませんでした。 大滝の撮影ポイントで知り合いになった山梨県は石和から来られたEOS/6DオーナーのO氏(彼とは、神明の花火の話題で大いに盛り上がり、来年の現地での再会を約束しました。)が、インターネットで「滝つぼ近くで撮った写真を見た。」というので、二人なら怖くないと思い、その気で崖を下ってでも滝壺まで行こうと意気込んだのですが、急流を渡る事が出来ず断念した次第。 矢張り、秘境に近いところまで来ているのですから、大滝は間近かで拝みたかったです。 (後日、ネットで調べてみたところ2010年夏の時点で、渋川にかかる二本の丸太とその間に板を張ってある橋がかなり朽ちていて、渡るのが危険そうな写真を見つけました。おそらく、この後直ぐに撤去になったのではと思えるほどの壊れ方でした。) 第二部では、「大滝」を撮影した写真ばかりで恐縮ですが、タップリ、しつこく並べました。 なんといっても、横谷渓谷のメインはこの「大滝」である事は紛れもない事実ですから・・・。 ここで、重たい思いをして持ってきた白レンズ(300ミリ)が威力を発揮してくれ、7D装着480ミリ換算で、寄せてみました。 (3) 「大滝」から下流で、撮影ポイントを挙げると、20分ほど下ったろ所に、川底が数10メートルに渡って一枚の岩盤で出来ているという、「一枚岩」、直ぐ先に「屏風岩」、更に15分ほど降りていくと「鷲岩」が現れ、下り坂が緩やかに成ったところで「霧降の滝」、その先には「乙女滝」(名前とかけ離れた、凄い勢いの滝)と続き、ここが乙女滝温泉、遊歩道の終点です。 この間は、霧降の滝まで約30分、被写体は、ジックリ捜せば色々有るのでしょうが、次第に疲労も積り、集中力が薄れてきてしまい、結構いい加減なスナップ写真になった感があります。 自分は、予め乙女滝の近くの横谷峡入口にある駐車場に車を止め、少し歩いて乙女滝だけを撮っておいたので、霧降の滝でUターン。 お勧めは、片道はトレッキング、帰りはバスかタクシーで戻る方法。 つまり、横谷観音に車を止め、下り坂を降りて大滝を見学した後、左手に渋川を見ながら60分の散策、乙女滝に着いたらR299横谷峡入り口バス停から、観音入り口までメルヘンバスなるものに乗車(本数は多くないようですが、タクシーも止まっていましたから、割り勘なら2000円ほどを人数で割れます。)、駐車場に止めたご自分の車に戻るのがよろしいと思います。 第三部では「一枚岩」付近から「乙女滝」までをご紹介いたします。 (4) 被写体を追いかけ調子に乗って渋川沿いの坂道を下ったのですが、霧降の滝からの帰り道がこれほどまでに急坂だったとは・・・。 「おしどり隠しの滝」〜「大滝」まではリュック無しで歩き、功を奏した感がありましたが、横谷観音からは、もう一台のカメラと広角レンズをリュックに入れて背負ったのですが、これが大失敗。 上りの急坂では肩にずしりとリュックが食い込み、その重みが両足にズシンと来て、それ程高い(せいぜい標高は1300メートルくらいか?)とは言い切れないにも拘らず、息は上がりぱなし、心臓バクバク、途中休憩を何度したことか? 下って来た時は気がつかなかったものの、帰り道は結構な上りの坂道であった事に唖然とする。 そう言えば、二人連れのカメラマンが、「上(横谷観音入り口)でバスの切符を買ってあったのだけれど、とても戻れないので、切符は無駄になるけど、下(横谷峡入り口)から 乗る事にしますわ。」と言って、往復するのは諦めると言っていた。 彼等の判断は正しいと言うしかない。 自分はどうなるんだ! 一体何時になったら戻れるのだろう?、横谷観音に止めた自分の車まで身体がもつのか?不安が募ると、気力まで低下する。 夕方近くになると、それまで多くの人とすれ違っていたのが嘘のように、殆ど人と会わなくなった。 こういうときに休憩のため立ち止まると、今まで気がつかなかった立て看板が目に入ってくる。 そして思わず読む。 「体力や足腰に自身のない方、不安に思う方は通行を止めてください」今更読んでも遅いのだ! と言うかインターネットでの案内チラシには「渓流に沿った緑に恵まれた遊歩道で・・・危険のないよう、流れにも近づいてみてください。マイナスイオンもたくさん発生しています。」 どこにも装備や道の険しさの案内なんかなかったのだ。 「危険のないよう流れにも近づいて下さい。」と有るけれど、でっかい石の間を急流が走り、濡れた落ち葉で滑りやすいので、近づくのは程々にしておかないとアッと言う間に水に浚われてしまう。 もっとも、見るからに危なそうなので、近寄ろうにも危険察知能力が機能するか? 別の立て札にあった、「自己責任」の文字、「単独での通行の自粛」、あー全て今頃になって、してはいけない事ばかりしている自分を悟る。 やがて、「おーいお茶」もなくなり、のども渇く。 最悪、この渋川の川の水を飲むか? まさか名前同様、渋かったらどーするの? 岩が茶色になっているから、鉄分が多そう?いくらミネラルたっぷりでも、川底の茶色の岩の色を見ると、余り水分補給をしたい気持ちにはなれない。 上流で不届き者が「小〇」でもしていたら、尿素混じりの美味しい味か? 短い平坦路では息も収まるものの、また直ぐに見上げるばかりの上り坂、遥か遠く迄見通せる登山道(何度も言わせてもらうが決して遊歩道ではないと自分には思える)を見ると絶望以外何もなく、力なく自分の足下に視線を落とし、一歩一歩を大事に確かめながら錘のついたような情けない自分の足を前に出す。 たまーに、勢いよく降りて来る人とも挨拶も交わさず、下を向いたままじっと息が上がっている事だけを隠して無言ですれ違う。 いよいよヤバイ。 「おーセリヌンティウスよ、私は走った(いや歩いた)のだ。だらしがない。笑ってくれ。」走れメロスの世界だ! やがて横谷展望台まで500メートルの標識を見たものの、ここからもえらく急な階段が続く。 一歩が50センチとして、「わりざん」をして千歩・・・。 10メートル上がるごとに一休みし、道の真ん中にどっかり座り、暫く休憩。 もう誰も通らないから、ヘロヘロの自分の醜態を見られる事もないので気は楽だ。 こうなったら何時間かけたって、休み休み上がっていけばいい。 「まだ日は沈まぬ。最後の死力を尽くして、メロスは走った。(中略)ただ、わけのわからぬ大きな力に引きずられて走った。」 そう、確かに日が沈まぬうちに上りきらねば・・・。 そんな時、上から、いや殆ど真上から、人の声がかすかに聞こえた。 「観音が近い。もう直ぐだ!」と思い、「大きな力」に引きずってもらえればよかったが、現実は厳しかった。 そこには、無情にも「観音展望台まで300メートル」の矢印案内板が・・・。 「まあいいさ、一歩一歩行けば・・・。あと300メートルもあるのか、と思うより200メートル歩けたじゃないか!」の発想! 息もハーハー、「あと少し、ほら頑張れ!」知らず知らず、いつの間にか自分に気合を入れている自分がやっと展望台に上がり切りた頃には、観音広場には誰一人いなかった。 そこから駐車場までは緩やかな上りの傾斜だが、こんな坂は、その時の自分には平坦路にも等しかった。 いつの間にか呼吸も平常に戻り、あの絶望感はなんだったのだろうかと思えるほど。 急に元気を取り戻し、丁度夕日がアルプス連峰に沈もうとしていたので、しっかり撮影。 その後、茅野市外に明かりが灯るまで夕景を眺めた。 気温は、日が沈むと同時に急降下し、背中からの強めの風と共に真冬を感じた。 勿論駐車場には、ほかに車は一台も無い。 しかし、この美しい夕焼けを見ずして帰っては、少し勿体無い気もする。 そんな事を思いながら眺めていると、一台の「スバル・フォレスター」(車の名前です。四輪駆動車で、SUV)が入って来た。 「コンバンワ」の挨拶の後、その方は「自宅の窓から見ていたら綺麗な夕焼けだったので、急いで見に来た。」と言う。 コンデジは持参していたが、本格的カメラマンではなさそうだった。 紅葉のピークがイマイチつかめなかった自分にとって、地元の人と会えたのはありがたかった。 「5日くらい遅い。」というのがその人のお答え。 通りで、横谷観音前のもみじが、すっかり葉を落としてしまっていたのだと納得。 因みに、その方は「絵描き」さんで、「夕焼け空のオレンジ色が上空に行くに従ってブルーに変わる、グラデーションを確かめたかったから来てみた。」と言われた。 やがて、オレンジ色がくすみ出す頃、彼は車に戻ったが、走り去ることなく自分が暫くシャッターを押している間、待っていてくれた。 三脚を折たたんで車に戻る時、ようやく彼は軽く会釈して車を発進させ、駐車場をあとにした。 10分足らずの出会いがこれほど気持ちよかったことも久しぶりだった。 最後の第四部は横谷観音付近の紅葉、展望台からの眺め(茅野市街の夕景を含む)その他を集めました。 第一部 明治温泉、おしどり隠しの滝、険しい山道。 第二部 大滝。 第三部 一枚岩から乙女滝まで。 第四部 横谷観音付近の紅葉、展望台からの眺め、その他。の4部構成です。 撮影日:2015−10−24 長野県茅野市北山・横谷(よこや)渓谷にて |
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撮影してきた写真を以下のように、テーマ分けをしました。
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