12月の栞 『高ボッチ高原からの富士山=PARTU』

今年5月11日、掟破り(この時期にここを訪れても、富士山と雲海が出る確率が低いという意味で)の[高ボッチからの富士山]撮影を敢行。
結果、出来具合は50%程といったところに甘んじた。

先月、甘利山からの富士山は、まずまずの結果だったから、気持的には敢えて今年は高ボッチに挑戦しなくてもいいかな?と思ってはいました。
でも、私を含め多くの富士山撮影を試みているカメラマンは、中橋冨士夫責任編集の「冨士山12ヶ月撮影ガイド」をお持ちだと思います。
そのタイトルの冒頭に「撮らずに死ねるか!」と有ります。
この書籍を参考にしながら,真似をして富士山を撮り始めたころは、「かなり過激な言葉だな」としか思えなかったのですが、次第に富士山を撮る事の困難さ、厳しさ、そして奥の深さ、更には言葉では言い尽くせない独立峰富士山の偉大さと尊厳を、多数の失敗を経験するうちに,多種多様の意味に感じ取れるようになって来ました。
その一つの解釈として、「チャンスは逃すな!「来年があると思うな!」的解釈も成り立ってしまうと言う思いから、気象条件、その他を勘案して自分にゴーサインを出します。
今回は、特に冬型の気圧配置がそれ程強くなかったので、北西季節風は弱いだろうと。
多少雲が出ているものの、山中湖の「絶景くん」ライブカメラで富士山を確認すると、しっかり写っている。
明日、あさってと晴れの日は続くが、余り晴れが続くと空気が淀んできてしまうので、なるべく雨の後がいい。
しかし標高1600メートルを越える高ボッチ高原は、この時期降れば雨ではなく雪だ。
雪の翌日は、四駆のスタッドレスでも,高ボッチスカイライン(林道ですが)は、勢いをつけて上りきらないと途中でスタックしたら、バックしてもう一度やり直し(走り直し)なんてこともありうる。
だから雪が消えかける頃が丁度いいのだが、流石にこればかりは行ってみないと判らない。
9日の水曜日は、晴れマークだけの予想をお天気お姉さん(気象予報士)達は出していたが、晴れが続きすぎているので富士山は霞む可能性が高い。
と言うわけで「行くのは今日でしょ!」となった。
寝不足はきついが、「撮らずに死ねるか!」の気合を入れ出発。

既に高ボッチ高原への松本側ルートは今月上旬に冬季閉鎖に入っている。
国道20号、塩尻からは25日までは通行可能だが、気象条件によっては早めの閉鎖もある。
つまり、いつ閉鎖になってもおかしくはない期間に入っているということ。
高ボッチからの富士山は、カメラマンの間では勿論、一般の人にとっても見てみたい景色である事は間違いない。
雲海が発生しやすい冬場、カメラマンの人数はかなり多い。
この日も、、「ふれあい広場だけでも」15名ほど、手前右手の駐車場にも数人、おそらく奥の展望台も賑やかだったに違いない。

今回は、期待通り雲海は出た!、いや、出すぎた!。
自分は飛行機に一回しか乗った事がないが、おそらく雲の上を飛んでいるかのように、すごく厚みのある雲だった。
おかげで、諏訪湖は言うまでもなく、街の灯りまで殆ど覆い隠してしまい、どこで撮った写真なのか?注釈が必要な出来具合。
高原の麓まで分厚い雲が押し寄せて、幻想的なんていうイメージを越え、凄みさえ感じる写真と化してしまった。
個人的には、これだけの雲海を拝んだ事はなかったので、それはそれで良かったのだが・・・。
隣で撮影していた、横浜のEOS1Dオーナーは「11月21日、12月5日と来ているけど、今日の雲海が一番ですよ。空は赤く焼けなかったけど、これrだけの雲が見れたら、空なんか焼けなくても、ちっとも不満じゃない。」と、やや興奮気味に語ってくれた。
何回も来ているカメラマンは、こうした比較対象が出来るが、自分は今年たった二回、大きなことは言えない。

結局、雲は薄くなることはなく、僅かに諏訪湖の湖面が覗けた程度。
雲は、僅かずつだが動く事をやめないから、一瞬たりとも油断は出来ない。
二台のカメラで夢中になて撮っていると、誰かが「後ろも凄い!」と叫んだ。
振り返ると、雪を戴いたアルプス連峰が、薄桃色に染まっていた。
更にその麓は雪でも降ったかのような一面真っ白な雲海。
富士山も撮りたいし、記念にアルプスの山々も・・・。
カメラマンの何人かは、富士山撮影を一時中断し、NTTの中継塔辺りまで走って行った。
暫く我慢していたが自分も一台を置き去りにしたまま、雲海が見渡せる場所へ走った。
数枚撮って急いで戻る。
まさか、機材をかっぱらう輩はいないだろうけど、どうも落ち着いては撮影できない。
気温零下4度ほどに下がり、指先の感覚はすっかりなくなりカメラ操作もいい加減になってきた頃、東の空から顔を出した朝日が雲海をオレンジ色に染め始めた。
再びの連続シャッター音、とてもいいチャンスに恵まれた。
日がすっかり地平線上に上ると、雲海は黄色く変化、やがて普通の白い光りとなっていく。
いつの間にか一人二人といなくなり、結局最後はパンをかじっている自分ひとりとなった。
余りのんびりはしていられない、これから仕事が待っている。
「何とか13時くらいに戻って、一時間でも仮眠したい。」と言う気持と、「ずっとこの景色を見ていたい。」との思いの狭間で、機材を片付ける。

路面凍結が朝の光りで解け、雨が降った後のような、黒いアスファルトの高ボッチスカイラインを慎重に下る。
途中、朝日に照らされた霧氷がカラ松の針一本一本を白く染め、見事な景色と遭遇した。
改めて、標高の高さを感じる。
融雪剤を撒きながらトラックが下から上がってきた。
この林道の閉鎖まで、間もない事を感じた一瞬だ。
行きは3時間半で到着したが、帰路は睡魔と闘いながら自宅まで5時間近くかかって到着。
とりあえず、高ボッチからの富士山は、2回目の挑戦で気分良く終えることが出来た。
                       

撮影日:2015−12−7  長野県塩尻市片丘・高ボッチ(アイヌ語で巨大な高原、峰の最高所の意)高原にて

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