9月の栞 『第63回伊勢神宮奉納全国花火大会(伊勢市制施行十周年)』

                            はじめに

鬼怒川決壊による被害に遭われた常総市の皆様へ、心よりお見舞い申し上げます。
8月29日に素晴しい芸術花火を観覧させて頂きましたが、その僅か10日程後に、あの場所が東日本大震災の津波を思わせる(規模及び海と川の違いはあっても)目を覆いたくなる光景をテレビで見るに度に、心が大変痛む思いでした。
花火大会では、駐車場となっていた複数の場所が、茶色の濁流に飲み込まれていたのを見るのは信じがたい出来事でした。
中でも、自分がカメラを構えた対岸にある市役所までが水没し、身動きが取れない状態に陥るとは、致命的打撃と言っても過言ではありません。
鬼怒川とは、奇しくも「鬼が怒る川」と言う漢字を書くとしても、有ってはならない災害です。
不幸にして、亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被害に遭われた方の一日も早い復興を願うばかりです。
他人事のような言葉しか申し上げられませんが、自分がもしこのような被災を受けたとしたら、生きる気持が失せるのではないかと思います。
なんとしてでも、此れを乗り越えようとする、強い明日への気持ちと希望を持ち続けていく以外ないかと思います。
どうか焦らず一歩一歩前進されることを願って止みません。
来年の「常総きぬがわ花火大会」は見送りになったとしても、募金等何らかの形で協力が出来るようにしたいと思っておる次第です。

                            伊勢神宮奉納花火

本来なら、首都高速を使って東北方面へ北上するより、中央道へ出て長野方面へ出かけるより、よほど東名高速が延びる西へ車を走らせる方が楽で便利で、同じ時間なら遠くまで行かれる筈なのに、自分にとって西への花火遠征は少ない傾向にある。

「伊勢神宮奉納花火大会」は本来、7月18日開催予定だったが、台風の影響で数日前に中止が決定された大会だった。
早々と中止の知らせをHP上にアップしてくれたおかげで、我々は、他の大会を捜す事が出来た。
と同時に、開催日が9月にずれ込んだ事で、本来9月には花火大会が少ない(といっても良いのがいくつかありますが)ので、こちらとしては大歓迎だった。
7月18日と言えば、我々は「足立の花火」に出かけ、強風と雨との両方と戦っていた。
この日、行動を共にしたW氏とは、足立の花火の待ち時間の間に伊勢神宮へも割り勘で行く事で話がついていた。
実は、三重県へ足を入れるのも、「なばなの里のイルミ」と、「長島温泉の花火」程度で、それより先、紀伊半島を南下した事は、花火撮影では初めてとなる。
W氏の「遠いですよー」の言葉に、「昔、走り屋だったから大丈夫です。」と言ってはみたものの・・・、やっぱりそれなりに遠かった。
片道450キロ、東名、伊勢湾岸、伊勢自動車道など殆どを高速道路で走り抜けるので、片道の高速代も6300円ほどかかる。
とても一人で行くには、負担が大きい。
8時半出発で、所要5時間で着くのだが、単調な高速道路は景色も楽しめない。
到着してみると、某公園の駐車場には厚木のA氏、伊豆のM氏、岐阜のゴンチャン、横浜のT氏、伊勢原の阿部さん、更には名古屋の長尾氏までいて殆どが顔見知りと言う有様。
7月だったら行く事が出来なかった自分と同じように、皆さん、この延期された日を楽しみに待っていたに違いない。
10台ほどしか止められない、この駐車場に横浜、湘南、相模ナンバーが入っていること自体異常な光景だった。
知り合いの、お一人お一人に挨拶し、お話したい事も沢山あったのだが、我々が到着する数時間前にはこの駐車場は既に満車と成っていて、(勿論頼めば詰めてはもらえたが)此処へのP は諦めた。
場所取り後、土手の横に車を止めて水分補給をしていると、土手道路から一台の自転車に乗った年配の方がこちら近づいて来て声をかけた。
てっきり「此処に車を止めるな」とでも言われるのだろうと思ったが、シカトするわけにも行かず会釈だけはした。
「花火かね?」
「ハイ」
「だったら、あそこの空き地に止めていいよ。」
「有難う御座います。」
「うちの土地だから構わんよ!」
そこは、我々が場所取りした所と、今車を止めた場所よりは100メートル程近い地点だったので歓迎すべき話だった。
しかも、その空き地から土手道路には、ちゃんと道が作られていて荷物も楽に土手上まで運べたのだ。
「お名前だけ教えてください。」
後で許可を得た事を証明する為、伺っておきたかった。
Oさんは、フルネームでご自身の名前を教えてくれた。
おかげで帰りの脱出もえらく楽で、渋滞無しで伊勢西ICに合流できた。

花火開始は19時20分、9月も中旬に入っていて、19時では十分暗い(7月18日に決めた事だから早める事はできなかったのだろう)。
夏花火では、いつも開始時刻が早く、昼花火状態のオープニングしか撮れない自分にとってはありがたかったが、今度は遅すぎ感が多少あった。
度会橋から宮川を南へ、土手道路を歩く事30分、有料観覧席、大会本部席を経て、「コメリ」辺りが撮影ポイント。
2ヶ所抑えておいたのだが、川面を入れて撮りたかった自分は、三角形にとがった護岸の先端にテープを張った。
しかし、一端車に戻って17時頃戻って来てみると、すぐ傍でテントが5張りも張られていて、車が10台ほど入っていた。
堤防道路は本来通行禁止なのだが、地元の方の知り合いなら、規制のロープは一本張ってあるだけだから容易に入って来れる。
見知らぬカメラマンと立ち話をする中で、その若者が言うには、どうもその三角形のエリアは事前に草刈をして、予め確保してあったようで「此処も稲敷方式かよ!」と思ってしまった。
テントの下では、派手に飲み食いが始まり大いに盛り上がっていたが、やがてバーべキュ−を始めると、その煙が気になったので川辺での撮影は諦める事にした。

場所はいくらでも空いていて、土手の法面ならまず座っている人はいないから、人がゴチャゴチャいて狭いと言う事はない。
そういう意味ではとても気に入ったのだが、残念ながら、スターマインを中央から撮影できる場所がなかった(有るのかもしれないが、捜す事ができなかった)。
左へ寄れば確かに中央には近づくが、対岸の樹木が前を塞ぎ、トラの足を隠してしまう。
後で、花火仲間のSeptember氏に確認したところ、トラの左半分がしっかり隠れている写真をみせてくれた。
我々の場所もベストではなく、矢張り川辺まで下りたほうが良かったとも思えるが、先ほどのテント近くではBBQの後、今度は子供たちが手持ち花火を始めBBQ以上の煙は、そこからの撮影を断念させるには十分だった。
自分は土手上からの撮影に於いても、何とか水面反射を狙ってみたが、結局スターマイン系は花火が小さくなってしまっただけで、反射の美しさを殆ど利用できていない作品ばかりとなってしまった(はっきり申し上げれば、全滅と言うことです)。

W氏が案内役をして下さったおかげで、こんなにも遠くの花火大会にまで出かけることが出来、少しはエリアが広がった感じがしないでもないが、彼らはもっと遠くまで出かけている。
この近辺だけでも、桑名水郷、熊野など平気で毎年のように撮影に赴いている。
自分は、伊勢神宮すら、また何時来られるかわからないと言うのに・・・。
伊勢神宮奉納花火大会は、大曲、土浦と共に、日本三大競技花火大会となっている。
花火の揚げ方は、5号3発、尺一発がセットで揚がり、打ち上げ花火のプログラム間にスターマインを挟んだ進行。
とても解りやすく、大曲の大会提供花火だけが、やけに突出した感じもないし(それはそれでとても凄いのだが)、土浦のレベルには達してはいないものの、花火の組み方が競技大会らしく思え、好感が持てました。
中京圏から西の、九州は鹿児島までの業者が参加している点でも門戸が広く(なぜか神奈川の煙火店さんも2社お出でになっていて)、第63回と言う伝統を感じました。

帰りの高速は伊勢湾岸まで車が多かったが、ほとんどが、途中名古屋方面に車が流れた後は嘘のようにすいた。
岡崎付近では蒲郡までトラックが右車線を塞ぎ80キロ以下(もっとも、この区間は道幅が狭い事もあって60キロ規制区間ですが)での走行。
W氏が「新東名が早く三ケ日から先、開通すればいいのになあ」とポツリと語った。
彼の頭の中には、開通後の、蒲郡、豊田おいでん、名古屋港、そして三重県各地の花火がイメージされ、既に来年を見据えているような思いを感じた。
写真集は3部構成となっております。
(各部名称をクリックすると、プログラムは分岐します)

第一部

5号玉の部

第二部

10号玉の部

第三部

スターマインの部 

撮影日:2015−9−12  三重県伊勢市辻久留14宮川河畔にて

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