4月の栞 『身延山久遠寺 (その一)』
| 4月に入って、日曜日は2回とも天気が悪く(日曜日に限らず、曇
天または雨の日が多いですが)、例年より遅めに開花または満開に
なった桜を撮りに行こうにも、準備段階で手(足)が止まる。 それでも2日は、午後少し日差しが出てきたので、静岡まで走った が、夕方にかけて雨が降り出した。 上空に寒気が残っていて、 大気の状態が安定しない。 9日はもっと悪く朝から雨。 風も強く、拙宅の「花もも」 も満開を迎えたところで多くの花びらが地面に落下、 花自体も傷んで、茶色くなってしまうものも出て残念( 最初の一枚目の写真)。 勿論、出かける気はゼロ。 翌日の予報は「晴れ時々曇り」。 予報を信じて、久しぶりに久遠寺まで出かけた。 2007年4月1日、まだ自分がデジカメを購入して間もない時、 近藤師匠に連れて行っていただいたのが身延山。 その時、 風が強かったせいもあったが、未熟者ゆえ均等に脚を伸ばさなかっ たのか、買ったばかりの17〜40ミリ・F4を装着したEOS4 0Dを三脚ごと倒し、破損した思い出がある。 幸い、 レンズプロテクターが割れただけで、カメラ本体とレンズは事なき を得たが、経験値のない自分を思い知った感があった。 その時、 師匠の撮影された作品を近ちゃんギャラリーで拝見しつつ、 ひたすら勉強。 その数年後、単独でトライするべく、 久遠寺まで出かけた。 勿論、近ちゃんギャラリーの一角に「相棒の栞」と言うコーナーを設 けて頂いたのは、2011年11月からですので、その時の久遠寺 の写真は掲載されておりません。 よって、 自分が出かけて3回目にして今回が初アップと言う事になります。 初アップにしては残念ながら天気が予報より悪く曇り。 一瞬、 太陽が輪郭だけ姿を見せては又雲の中へ入ってしまう午前中( 午後から仕事がある関係上せいぜい滞在はお昼頃まで)の天気でし た。 到着は、寝坊し遅れたため7時。 自分より早く久遠寺に到着していたカメラマンは、「5分程度朝日 が当たり、斜光で撮影出来た。」と言っていたが、その後は曇り。 到着時間をもっと早くしなければ、ある意味ここへ来た目的は達成 されない。 桜の花の撮影には、ある程度の明るさが必要であり、辺りが暗いな と感じるような明るさで撮影しても、ねずみ色(グレー)に近い花 色となってしまう。 今回は残念ながら、 それに近い発色しか得られず、シャッターを切る回数も僅か。 境内報恩閣前の樹齢400年のメイン枝垂れ桜を、カート道後方か ら狙おうと集まった10人ほどの同類も、発色の良くなる明度を待 って、いささか手持ち無沙汰。 最も彼らが手持ち無沙汰だったのは天候だけではない。 かなり早い時間から(と、見知らぬカメラマンが教えてくれた)グ ループで来ていた、4〜5人のグループが、「本堂」横にある「祖 師堂」前の枝垂れ桜の前から一向に立ち去ろうとしないのだ。 枝垂れ桜と池の中の鯉を撮っているのか?水面に浮かぶ花びらでも 露光しているのか?一人の先生と呼ばれているカメラマンが、「開放」とか「絞り」だとか偉そうに言葉を発していた。 一時間以上待ったが、一向に枝垂れ桜の元を去ろうとはしない。 そのうち遠巻きに枝垂れと本堂のコラボを狙っていたカメラマン1 0名ほどは、一人去り、二人去り・・・。 その集団の側まで行って、その「偉そうな奴」に、一言いや二言、 いやいやガミガミ言ってやりたかったが、曇天で発色も悪いので、 ここでの撮影は諦める事にした。 何を言いたかったって?当然「 いつから久遠寺がお前の寺になったのか?」と言った類のこと。 どんなに高度なテクニックを伝授できるプロカメラマンの先生でも 、周りへの気遣いがゼロでは話にならない。 まずはマナーがあっての御教授であろう!色々な場所へ行き、 撮影を楽しむ時、場所の譲り合いで挨拶を交わすのはとても気持ち のいいものである。 撮影に当たっての「イロハ」 を教えてもらう以前の事を、教えてもらえない生徒たちは気の毒で ある。 9時過ぎには、少しずつ明るさだけは増してきたので、「西谷」地 区に移動。 こちらも丁度見頃を迎えたしだれ桜が多く、 訪れる人も少ないので絶好のロケーション。 墓地の中に、 見ごたえの有るしだれ桜が点在し、すっかり先ほどの嫌な思いを忘 れる事が出来た。 庵(いおり)の庭先に、 無断で入り込むのはいささか気が引けたが、向こうは慣れたモノ、 全く意に介さず。 第一部は、「西谷」地区を中心に、 ご紹介する事といたします。 撮影日:2017−4−10 山梨県南巨摩郡身延町身延3567 日蓮宗総本山・身延山久遠寺にて |
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