相棒の栞 モバイル版 |
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| 山梨県南都留郡忍野村 | |||
| 撮影日時 : 2018−9−9 | |||
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| 9月9日・10日は新潟三大花火大会のひとつ、片貝まつり「浅原神社秋季例大祭奉納大煙火「が開催されます。今年は日曜と月曜なので、天候さえよければ行こうかと思っておりましたが、週間天気予報でも前線の影響を受けて、ずっと傘マークが付きっぱなしだった。直近の予報を見ると、晴れマークがあるのは関東南部と山梨県だけ。因って片貝は断念。昼近くまでゆっくり睡眠。ようやく涼しくなって夜も寝苦しさから開放された感じがする。 台風や地震、西と北で激甚災害指定レベルの大きな被害が出ている。自分の教え子で阪神淡路大震災を兵庫県芦屋市で就寝中に体験した人物がいる。彼の話だと、タンスが倒れる前に、引き出しが真横(水平)にスライドしてきたと言う。「たまたま、それが頭に当たれば、ここにいなかったでしょう!」と冗談とは決して思えない話を、挨拶代わりにしてくれたことがある。「隣の家の老夫婦は亡くなったが、自分はたまたま助かった。」と。 自分の処で塾講師のアルバイトをしている大学四年の女子が、10ヶ月間中国へ留学する。9月4日、最後のバイトに来た日「羽田から関空へ行き、飛行機を乗り換えるんだけれど、行かれないみたい。」と言って盛んにスマホをいじっていた。仕事中だからと注意したかったが、彼女の心は既に中国にあるだろうから、大目に見てやった。その後どうやって中国へ行ったかは、連絡なし。 台風にしても地震にしても、今回は想像を遥かに超える予測しなかった事故が頻発した。関空を結ぶ橋に強風で漂流したタンカーがぶつかって橋げたがスライドするなんて、予想した人がいたらその人は「神」だ。地震で、液状化現象が起きることは東日本大震災でも起こった殻、地盤の悪いところは要注意だ。しかし、地震が直接の影響で、あんな大規模な山崩れは見たこともない。大雨の後などの土石流なら、せいぜい数箇所の山肌が茶色に色を変えるだけだが、あの厚真町付近の山肌は、怪物が大暴れして爪で引っかいた痕のようだ。 「何とか大学の地震学の誰々」とか、「マルマル研究所の委員」だとか、被害が出てから偉そうに説明しているけれど、もう少し、研究成果を予防(予測)に生かせないものか?。もっとも地震が「いつどこで起きます!」なんて正確に判ったら、地震の前のパニックのほうが怖いか?東北地方を中心にした東日本大震災、熊本地震、21号台風による関西地方の被害、そして北海道の最大震度7の地震。残るは、東京と名古屋か?「覚悟しておいたほうがいい」と自分に言い聞かす。 「忍野八海まつり」でさえ、本来なら8月8日開催開催予定だった。こちらは台風13号の影響で大幅順延となった。順延日がたまたま日曜日だったからチェックはしてあった。しかし、直前まで眼中になく片貝の天候が怪しいので突然手帳のメモが役立った。とは言うものの打ち上げが校庭だから、花火の大きさもたかが知れている。昼間の催し物のラストを飾る花火と言うのは、大体おまけのようなもの。もし台風で中止にならなかったら、8月8日は前日が「神明の花火」だから、ほぼ100パーセント行っていない。キッチリ調べることもしないで「高座山の中腹から、富士山バックで撮れたらいいなー」程度。 約2時間半かけて、忍野小学校校庭へ。ここは今日だけ臨時駐車場になっている。続々と車が誘導され、18時40分には満車。本来なら忍野中学の裏側から鳥居地峠まで行き、高座山を目指し途中で見晴らしのよい場所から、富士山バックで撮影するつもりだった。しかし、二箇所ある入り口はともに通行止め。誘導員に聞いたところ、「今日は上がれないよ!」とそっけない返事(その訳は花火開始時点で納得、八文字焼きが上がる場所だった)。仕方なく校庭から花火だけを撮影することにした。失礼ながら、中学校の校庭で揚げる花火なんて、撮影に来るカメラマンなんて居ないんじゃあないかと思いきや、19時の時点で30台近い三脚が立っていた。その理由は定かではないが、自分と同じ片貝断念組みが何人かいてもおかしくはない。それとも、担当煙火店がマルゴーさんだからか?おそらく村祭りなのに(小型花火とは言え)マルゴーの花火が拝めれば、カメラマンとしては見過ごすわけには行かない。 校庭を半分に分け、富士山を左手に見ながら手前半分が観客席。奥が打ち上げエリアとなっていた。最前列から筒までは100メートルそこそこの距離のようにも感じられた。前から順に、家族連れなどの地元「村民」がシートを広げて座る。カメラマンはその最後尾、校庭の片隅に並んでいた。もっとも、三脚の高さを低くさえすれば最前列でも可能だろうが、初めての場所ゆえ自分も最後尾に加わることにした。実は遠花火を目論んでいたので、レンズ選択には多少のミスがあった。19時半ころ、会場から、進行役の挨拶があり、19時30分過ぎ、高座山付近から「八文字焼き」の点火となった。なぜ山に登れなかったのかが、この時点で解明された訳。校庭からは「八」の字の左下が隠れて見えなかったが、上から下へ、火は見る見る燃え広がって行った。あわてて場所を移動して数カット撮影。実は28−300が役立ったのはこの時だけだったかも知れない。5分もしないうちに、それまで煌々と照らしていた照明が一斉に消され、暗黒の世界へ。子供が泣き出さないか心配になるほどだった。校庭がざわめきはしたが、現代の文明の利器「スマホ」があちこちで懐中電灯の役目を果たしていた。 19時45分頃、暗闇の中にグリーンのレーザー光線が空に向かって激しく動き、「ヤング・マン」の曲に合わせて花火が上がった。ここの花火大会は端的に言って、一年ぶりに地元の「村人」たちが挨拶を交わす恰好の場所であると感じた。老いも若きも一年間健康で過ごせた事や、成長した同級生の姿を発見したり、彼氏(彼女)を見せびらかしたり、子供の誕生を温かく見守ってもらったり・・・、そういった身近な花火大会だと思った。そして、こんな間近かで打ち上げる花火は、形こそ小型だが、直近の打ち上げなので迫力満点。間髪入れずにどんどん上がるので、息つく暇もないくらい。その割には気温20度、湿度も低め。風が弱めではあったがクリアーな視界。懐メロから最近の流行歌まで、選曲もなかなかノリのいい曲ばかり。すぐ隣で浴衣姿でCANON6Dを操るお姉さんは、曲に合わせて踊りながらの撮影。地元の方らしく、毎年来ているのか画郭はしっかり押さえていたみたい。余裕を感じた。余裕のないのはこちらで、100メートルほど上空に上がる花火を捕らえきれずに苦戦した。 縦位置で24ミリ、横だと幅がない割りに、高さが高いので16ミリ〜20ミリ程度で観客を入れての構図か?少し間延びするので横位置はあまり向かないかも知れない。いずれにしろ28〜300ミリを用意してしまった自分は、どうにもならなかったが。 20時10分過ぎ頃、多少あっけなかったが花火は終了となった。トラの扇打ちの連続が多かったので、とても5888発の打ち上げとは思えない。体感は3000発、大目に見て4000発と言ったところ。マルゴーさんとはいえ、時たま「らしい作品」が上がるものの、ピンきり。それでも、質感は保っていたし、スピード感はたいしたものだった。帰りの出口は忍野中学校校門一箇所からなので、改札を通る朝のラッシュ並み。忍野小学校校庭に駐車した車も出口は一箇所だったし、ましてや、終了後すぐには出られない。30分程して、ようやく出口開放。その後10分ほどで車は捌け出したが、帰宅を急ぐ(翌日仕事の方)からすれば、ほかのPを考えたくなる。 今年は、結構初観覧の花火大会に足を運びました。初めて故の失敗作が目立つ2018年でしたが、忍野で、また違った雰囲気の花火大会を体感させて頂きました。「相棒の栞」に7月、8月の2ヶ月で2500回に迫るアクセスを頂き、大変有難う御座いました。多少なりとも、皆様の花火撮影にお役に立てたのでしたら、大変嬉しく思います。花火は夏だけのものでは御座いません。9月も、10月も、11月もそして年末まで続きます。好天を祈り、ご納得の行く花火が撮れます事を願って止みません。 |
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