| 3月の栞 『久津間海岸・江川海岸の海中電柱(満潮時)』 |
中学・/高校の受験、そして発表も終わり、パーフェクトな結果を得られた。受験生全員の努力の賜物として存分な満足感に浸っている。おめでとう!そして有難う!あわせて公立中学、私立中学の期末試験も終わり、今が一番暇な時。近ちゃんギャラリー「相棒の栞」にも、少しは多めのアップが可能になりそう?そこで、平日狙いでなければ場所取りが厳しい「海中電柱」を「首都圏・ウォッチャー」を自負する(近藤師匠の代理)として御紹介。
もとより、この手の風景は、そこへ行って撮影さえすれば「誰が撮っても殆ど同じ絵」なのですが、矢張り行ってみたくなるのは、出かけた日だけに見られる自然が織り成す風景に期待しているから。この日、朝方まで結構雨が降ってはいたが、午後からは薄日が差し始め、あっという間に青空に。大陸からの高気圧の張り出しは、夕景には持って来いだ。潮干狩りで有名なこの海岸は、波が穏やかでないと、対岸の横浜本牧埠頭から川崎にかけての、工場やビルの灯りが綺麗に反射されない。幾分強風の心配はあったが、どうせ初めての場所は失敗して帰るのを覚悟して15時に家を出た。
所要90分、アクアラインは、本体だけで800円だが高いだけの利便性はある。湾岸線周りだと2時間はたっぷりかかる(混雑湯はもっと)ので、使わざる得ない。ナビでは木更津・金田で降ろさず、連絡道を使って袖ヶ浦まで150円余分に払わされたが、木更津・金田ICで降り、県道87号線で行かれるような気がする。それにしても、判りにくい道だ。何回も右左折を繰り返す。青信号で曲がった直ぐ先にまた信号があリ、それが赤だったので少し慌てた。潮干狩りシーズンは、可也のお客さんが来るようだが、道も狭く酷い渋滞ではないかと察する。因みに、この電柱は潮干狩りとは大いに関係が有り、昔、沖にあるアサリ密漁の監視小屋に電気を送るための設備だったと言うから、時代を感じさせてくれる構造物だ。
潮干狩りのことはどうでもいいのだけれど、今回は満潮時刻を少し過ぎた頃の到着ゆえ、干潟らしき姿は全く見られなかった。当初ナビに「江川海岸」とインプットしたので、わかりにくい道を言われるままに走る。「目的地付近に到着しました」と言うアナウンスが流れる前に、鎖ロープが張られ奥には進めなくなっていた。付近に2台の車が止まっていなかったら、どこに車を止めていいのか判らなかったかも知れない。ロープを跨いで徒歩で前進。別に自信があって歩いている訳ではなく、辺りをキョロキョロしながら「電柱」探し。作業小屋に遮られて見通しが利かなかったが、それを抜けると漁船の船着場のような開けた場所に出た。右手を見ると「電柱」発見。まさかそれが、「江川海岸」のそれとは違うとは微塵も思わず、喜んで引き返す。駐車場の左にある細い道を、「シーサイドゴルフ木更津」のネット沿いにひたすら歩く。おかしいなと思いながらも左手の東京湾に浮かぶ「電柱」を眺めながら海岸に降りる道を探す。10分以上歩いた感じだが、初めて見る景色に気を取られ、おまけに冨士山も微かに見えるので、感動。雨上がりの晴れは花粉が相当飛散するとかで、地平線近くの空気は濁っていて、すっきり感は乏しかった。随分アプローチが悪いなーと思いながら、鳥居付近まで来たら・・・あらら、入り口は別ルートがあり、そこに駐車すれば海岸までは100メートル程の距離だった。途中、レクサスISの人と初めて訪れる者同志の会話をして歩いたが、その人はカメラマンではなかった。いつの間にか、逆戻りをして立ち去ってしまった。こうなるとまたしても一人ぼっち。やがて3名程のカメラマンと一組のカップルが来た。
「隣、お邪魔します。」礼儀正しく挨拶をしてくださった6D・/MarkUのカメラマンさんは、不案内な土地での素晴しい案内役となっていただいた。残念ながら、お名前まではお聞きする事はできなかったが、「地元」の方らしい。その方のお話を伺っているうち、ここが「江川海岸」ではなく、「久津間海岸」であることを知った。「あっち(江川海岸)には10名ほど見えますねー」と。通りで空いていると思った。「自分は、こっちの方が好きですけれど。電柱が沖合いで曲がっているのがいい。工場をバックにするならあっちですがね。それにしても今日はいいほうですよ。」初めはそう言っていた彼も、日が沈み、夕景になる頃になると、「こんなに綺麗な夕日は滅多に無いですよ」とグレードアップ。何度も足を運ばれているカメラマンの重みのある言葉だった。風はそれ程強くは無くむしろ予想に反して弱目だった。湘南海岸での夕景は腐るほど撮っているが、本当に綺麗なそれは確率的には低い。千葉県にまで来て、夕景を撮るのは記憶の限りでは2回目だが、結構ラッキーだった。日が沈んだ後の空の色も抜群に感動モノで、それを写真の色として出せるほどのカメラ技量が無いのが残念至極。
辺りが真っ暗になった頃、「案内役」をしていただいたカメラマンさんが引き上げると言われた。江川の方へ移動すると言うので、自分もここを撤退する事にした。「歩いて行きますので、江川海岸に着きましたら又教えてください。」と言うと、「車で送りますよ!」と言って下さり、大助かり。車でも2分ほどは乗っていたから一キロほどはあったかも。到着後、辺りは暗いので、勝手知った人の先導が無かったら電柱さえ見つけにくい状態。午前中までの雨で、先端部分は深さ5センチほどの水溜りで、三脚は置けてもショートブーツでは水の中に入りたいとは思わなかった。駐車場には10台近く車があったのに、ここに到着時は一名のカメラマンさんしか居らず、その方も、15分もしない内に撤収してしまった。確かに夕景撮影が一番綺麗だ。しかし、対岸の工場夜景をバックにした電柱も不思議な眺めだ。「案内人」さんは、星も撮るそうで、たまたま画郭に入ってきたオリオン座を24ミリで撮影していた(自分も真似させて頂きました)。やがて風が強くなり波立って来たのと相当寒くなってきた頃、「案内人」さんは、その場を後にした。「寒いので風邪を引かないように。存分に撮って行って下さい」と。その言葉に元気付けられ、22時過ぎまで粘ったが、多少時間の浪費だったかも。次第に引き潮になり電柱横の水路が見え出し、魚が盛んに飛び跳ねる音、そして羽田空港へ下り立つ引っ切り無しの飛行機、気が付けば三日月が対岸のランドマークタワーの上空に沈んでいくのを見守ってお開きとした。
「干潮の時は、又別な姿が見られますよ!」案内人さんの、その言葉が、「確かに」と思える。刻一刻と変わる潮の満ち引きから容易に理解できたような気がした。大変お世話になり、有難うございました。機会を見つけて、干潮時の撮影も実現したいと思った。 |
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