相棒の栞  モバイル版

拙宅・海浜公園・湘南海岸・江の島
撮影日時 : 2019−4−30
4月の栞 『平成最後の湘南春フォト』
3月から4月にかけて、自宅及び湘南海岸の風景を寄せ集めてみました。お散歩程度のスナップ写真です。品物で例えるなら、古物商の品物ランクで「中古美品」程度の写真も含みます。

平成を振り返ってみると、バブルの絶頂期から始まって、それが3年後に弾け、地価下落、不良債権などの嬉しくない四字熟語が飛び交った。あの時、就職活動をしていた教え子たちは本当に気の毒だった。優秀な人材だったが、とりあえず入れてくれるところに入るしかなかった女子学生。父親の経営する会社が倒産してしまったバイトの学生には、社会人になったらで良いよと言って30万円を利息無しで貸した事もあった。その他色々有ったが、塾業界は景気にあまり左右されない業種の一つで、幸い自分も蚊帳の外の出来事で済んだ。

その後、景気回復の兆しが見え、日本も世界に攣られる形で右肩上がりへ。良くなったかなと思われた頃、今度は平成20年(2008年9月15日)所謂「リーマンショック」だ。アメリカを「震源地」としているだけに、世界的不況の広がりは早く、大手銀行の信用を失墜させた。それでも、自分が思っていたよりも早く回復したように記憶している。その後、4年9ヶ月続いた「いざなぎ景気」を越え、戦後最長に並んだとか、寝ぼけた事を言っているが、数字ではない。長ければいいと言うものではあるまい。手前味噌の例だが、偏差値50がずっと続いたところで、塾に通わせている親は決して喜ばない。偏差値45だったのが、55になったら多少は評価してもらえる。それと同じで、変り映えしないことは、景気が良いと思える実感とは結びつかない。塾なら、何らかの方法を考えて、より成績が上がる可能性を探る。探って実行し、それでも成果が出なければ、生徒は退塾することもあるだろう。物価目標も達成できないまま、かなりの年数が経過し、ゼロ金利政策で、特に地方銀行は厳しい状況にある。親戚の脳梗塞ではないが、脳の血管が詰まるのと、お金の流れを司っている銀行が立ち行かなくなるのとは似ている点があるように思う。結局、景気がよくなり、生活が潤ってきた感じをあまり感じられないまま「平成」は終わった。

高度経済成長期(1960年代後半〜70年代にかけて)を生きてきた人間にとって、昭和が終わるまでの生活の豊かさとの違いは歴然。その頃一番印象に残っているのは、県下最上位私立校に合格させようものなら、合格のお礼が、言えない位(びっくりするほどの金額)有った。お中元お歳暮も、今でも有る事はあるが、あの頃は額と量が全く違う。お返しをするのに、伊勢丹(当時)の担当者を呼んだほどだった。おかげさまで、独立後何とか規模の小さな個人塾ではあるものの、35年間消えて無くなることなく今に至っている。「令和」の時代を迎え、せめて10連休中に、特に各地の行楽地に大きな経済効果があったら良いなと思う次第。かなり以前、テレビCMでよく使われていたキャッチフレーズ「日本が世界に誇る・・・」は遠くに霞んでいる。日本は、どこへ向かっているのか?どういう将来像が描かれているのか?こうした「その先」が、十分描かれているとはとても思えない事が大きな問題だ。気のせいかも知れないが、子供たちを見ていて、男子には「豪快さ」「型破り」が減った様に感じる。また、これはうちの塾だけかもしれないが、女子に「人見知り」や「不登校」が多い様な傾向が感じられる。微力ながら、少しでも自分が「何か出来ないか?」を常に考え、これからもニーズがある限り頑張って行きたい。

平成23年11月に始まった「近ちゃんギャラリー・相棒の栞」も、一体どなたがご覧になっているか判らないうちに順調にカウントを増やしてきました。自分が行ってみたいと思った場所と日時、そして天候が合致した時にしか出かけていない自己中心的作品集ですが、これからも、お時間が有る時、ふと思い出した時、そして独断と偏見で申し上げれば、写真はさておき、紀行文的文章につきましては、かなりダラダラと締まりの無い内容ですが、お出かけ前に多少なりとも参考になるのではないかと自負しております。今後とも近藤師匠共々よろしくお願い申し上げます。

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