「品川宿」そぞろ歩き


再び、駅舎の中のコンコースを西口に通り抜け、西口広場から国道・第1京浜にでた。
そして、川崎方面(南の方向)に歩き始めた。
しばらくすると、八ッ山橋にでる。

ここから、左手になだらかに下っていく道がある。
JRの線路は在来線、新幹線とも、道の下をくぐり抜けて走っている。
京浜急行線道路面で横切っている。 ・・・遮断機が下りてくるのだ。

なだらかな坂を下りきり、100メートルほど山よりを平行している道路がある。
電柱の道路標示には、『旧東海道』と、書いてある。
道幅は5メートル程だ。  江戸時代と同じ道幅と聞く。
現在も、車が走っている。  商店街も活気があった。

東海道を上ってくると、「品川の宿」が最終点である。
明日は、「江戸の町」に入るのだ。

大きな宿場町で有ったらしく、地図で確認すると、お寺と神社が多い。
空襲もさほど酷くなかったらしく、お寺も古い建物が多かった。
と、言うことは、『龍の彫り物』も有るのでは無かろうか。

予想通り、『龍の彫り物』に沢山出逢えた。

この地域も活性化のために「宿場まつり」が9月末に計画されている。
「町おこし」の為に、商店街がこぞって、観光客誘致のために一丸となっている。

旧東海道から、細い脇道に入り込み、いくつかの名所を訪ねてみた。

この辺りも200年ほど前は、海岸線に近かった。
200年の間に、東京湾の埋め立て事業が進み、海岸線は遙か遠くに遠のいた。

徳川11代将軍・家斉公の時代に品川沖で体長18メートルの鯨が捕獲されて
江戸市中で評判になり、将軍家斉公も見物に見えたと記録にある。

この時の一頭の鯨の骨を埋めた塚が、利田神社の境内に
『鯨塚』として残り、名所になっていた。

江戸・日本橋からも2里(8キロメートル)の距離なので、
江戸時代もこの辺りは日帰りの行楽地だったようだ。
現代でも、ガイドブック片手に、旧街道から、横町を通り抜けたり、
脇道に入り込んだりして、「江戸の昔に思いを寄せて」、
「品川宿」をそぞろ歩きしてみませんか。


・・・・・・・ 次に進む ・・・・・・・