拙者、「近ちゃん」と申す者なり。
初めてご尊顔を拝み奉り候。
なかなかの好男子でございますね。
齢(よわい)35歳で生涯を閉じるとは、さぞかしご無念でしたでしょうね。
近藤 勇は1834年(天保5年)に当時の多摩郡上石原村
(現在の調布市野水)で宮川久次郎の三男として生まれ、
幼名を勝五郎と言った。
のちに、天然理心流三代目近藤周助に剣の素質を見込まれ、
近藤家の養子になり4代目を継ぐことになった。
14代将軍徳川家茂が上洛する際の警護のために浪士隊が募集され、
近藤勇も道場の同士とともに参加する。
その後、勇は京都守護職支配下に属して「新選組」を結成し、局長となる。
新選組は、京都を守る正式な治安部隊となり、
京都を焼討しようとしていた長洲藩一派を鎮圧し(池田屋事件)新選組の名は
日本中に知られるところとなる。
1868年(慶応4年)、鳥羽・伏見の戦いで幕府が敗退してから、
江戸に戻り、甲陽鎮撫隊を編成して甲府に向かう途中、
生まれ故郷の上石原村に立ち寄る。