三縁寺について
- 池田屋事変殉難烈士の墓 -
1基目
贈従四位 吉田稔麿(長州)
贈従四位 杉山松助(長州)
贈従四位 北添佶摩(土佐)
贈従四位 望月亀弥太(土佐)
贈正五位 石川潤次郎(土佐)
贈従五位 広岡浪秀(長州)
2基目
贈正四位 宮部鼎蔵(肥後)
贈従四位 松田重助(肥後)
3基目
贈正五位 大高又次郎(播州)
4基目
上松源友胤(肥後)
池田屋事変殉難烈士の墓に並んでいる「上松源友胤」は宮部鼎蔵の弟子。
文久三年七月二六日、二条家の親幕派公卿を斬った際、
相手に重傷を負わせたもの自分も斬られた。
これを同士が密かに三縁寺に葬ったといわれている。
元治元年(1864)六月五日の池田屋事変で戦死した志士達の墓。
遺体を確認したのは池田屋女中頭 清水うの
とも、小川亭の小川テイとも云われている。
三縁寺は東山区縄手通三条下ル大国町にあったが昭和54年(1979)、
現在地 岩倉に移転した。
現在の場所:京都市左京区岩倉花園町